真打ちネタの代表
みなさん、こんにちは。
アマチュア落語家のすい喬です。
今回はぼくの大好きな旅のはなし、「宿屋の仇討ち」について語らせてもらいます。
ちょっとyoutubeを覗いてみてください。
実に多くの落語家がこの噺に挑戦しています。
普通にやって30分~40分はかかります。
大ネタです。
元々は大阪の落語「宿屋仇き」。
それを桂三木助が江戸落語にうつしました。
これができれば真打です。
登場人物が多く輻輳しているので、表現するのが大変に難しいのです。
特に主人公の侍、万事世話九郎と江戸の無邪気な3人連れとの対比、伊八という宿屋の番頭との関係が描けないと面白くありません。
ぼくが最初に高座にかけたのは、もう6~7年も前のことです。
とにかく必死になって覚えました。
NHKの番組で柳家権太楼師匠が口演したのをそのまま頭から全部覚えました。
わからないところは三木助のを借りました。
どれくらい稽古したのかよく覚えていません。
決まり台詞がありますので、そこだけは間違えないようにいつも神経を使っています。
この噺は演者によって登場する人の名前もかわります。
いくつかの場面転換があるので、それをきちんと表現しないとダメです。
そういう意味で大変に難しい噺です。
しかしやってみると、粋な侍の発言でオチをとるところまで一気に進みます。
その流れが小気味よく癖になるのです。
今までに何度高座にかけたでしょうか。
ぼくのレパートリーの中では大切なものの1つです。
1番最初にやったのはかなり大きな集まりでした。
滅多に落語を聞くチャンスのない方の前でやり、喜んでいただけたので、とても嬉しかった記憶があります。
それから病みつきになり、あちこちでやらせてもらっています。
あらすじ
万事世話九郎という侍が主人公です。
「拙者は万事世話九郎と申すもの、夜前は相州小田原宿、大久保加賀守殿のご領分にてむじな屋と申す宿屋に泊まりしところ、なにはさて雑魚も無象も一緒に寝かせおき、親子の巡礼が泣くやら、駆け落ち者が夜っぴていちゃいちゃするやら、相撲取りがいびきをかくやらでとんと寝かしおらん。今宵は間狭でもよいから静かな部屋に案内をしてもらいたい」
と言って泊まります。
この台詞は何度も出てくるので、完璧に覚えなくてはなりません。
後から来たのが江戸の魚河岸の若い者。
源兵衛、太助、喜多八の三人連れです。
この名前は演者によって異なります。
明日は江戸に入るので一晩芸者を呼んで騒ぎたいと泊まるのです。
しかしこれが先刻の侍の隣部屋に案内をされました。
案の定、どんちゃん騒ぎに侍は「伊八、伊八」と番頭を呼びます。
ここでさっきの台詞がもう1度出てきます。
なんとか静かにさせろというので、伊八は江戸っ子たちの部屋へ。
3人は怒りますが、隣で苦情を言っているのが侍だと知ると、急に静かになります。
芸者を帰し、床を取らせて不貞寝を決め込みます。
しかしすぐには寝られません。
寝物語に始めた大阪の相撲の話がいつの間にか床の上で相撲を取る羽目になり、またしても大騒ぎ。
怒った侍が再び伊八を呼びつけ苦情を言います。
この時も万事世話九郎の台詞が再び出てきます。
伊八の注意を受け、それではと3人が始めたのは色事の話。
源兵衛が語りだしたのは、3年前に武士の人妻とねんごろになった挙句に殺人を犯してしまった自身の体験でした。
武家の奥方に言い寄られて一献傾けていたところを家人に見つけられたのです。
切り捨てられるはずが、逆に源兵衛が相手を斬り殺したうえ奥方も斬って、事のついでに50両を持ち逃げしたという話です。
「お前らもこれくらいやってみろ」と源兵衛は自慢します。
ここで再び残りの2人が源兵衛を囃したてます。
「源ちゃんは色事師、色事師は源兵衛」と騒ぐのです。
隣の侍がまた伊八を呼びます。
ここから一気に舞台が回るのです。
「拙者、三年前妻と弟を殺められ、仇を討たんものと旅しておったが、今こそ分かった」
「隣の源兵衛と申す男こそ我が求める仇である」
驚いた伊八が隣室に駆け込み、その事を話すと源兵衛は青くなり、「あれは両国の茶屋で聞いた話だ」と言うものの、侍は、今さら言い逃れは許さんと相手にしません。
「しかし宿に迷惑をかけられぬ故、明朝、宿はずれで出会い仇といたす。それまでは3人をとり逃がすでないぞ。でなければ、宿屋の主人・奉公人は勿論、伊八、その方達も首がないと左様心得よ」と言い出したので大変です。
伊八をはじめ宿の者らは3人を取り押さえ柱に縛り付けてしまいます。
侍は眠りにつき、翌朝、出立に際し伊八が「縛り上げたあの3人をいかがいたします」と聞くとそんな話は知らないとのこと。
「拙者には女房、弟はいない」というのです。
昨日の話は何ですかと聞くと、あれは座興だ、嘘だという始末です。
「なんであんな嘘をついたんですか」
「みんな夜通し起きてたんですよ。何でそんな嘘をつくんですか」
侍は笑って「あのくらい申しておかんと拙者が夜っぴてゆっくり寝られん」
これがサゲになります。
嘘から出た誠
この噺は源兵衛が面白半分に話したことがやがて現実になり、敵討ちに発展するという作りになっています。
さらに源兵衛が川越の叔父に頼まれて小間物屋の行商に行き、そこで武士の人妻といい仲になるというおまけもついています。
芸者との酒の席もあり、色事もあるというなかなかによくできた噺です。
さらにそれが全部座興であるという最後のオチが実に秀逸です。
隣で3人の話を聞いていた万事世話九郎という武士がシャレで本当の仇討ちとみせかけるところも実に愉快です。
落語にでてくる武士は大体が堅物で世間がよくわかっていないというパターンが多いようです。
それに比べると、この人物は酸いも甘いもかみ分けて、むしろそれにのるという粋な横顔を持っています。
それが江戸っ子には本当の話と勘違いされ、さらに笑いを誘うのです。
ストーリーを追いかけるだけでも大変ですが、場面転換がいくつもありますので、なかなかに厄介な噺です。
しかし万事世話九郎の決め台詞が次第にお客様の脳内に記憶されていく頃には完全にこの噺の世界に没入してしまいます。
それくらいにたたみかけてやらないと、翌日は江戸に入るという宿屋での気分が出ません。
上方で見た相撲の話なども適度に入り、気分が少し浮き浮きします。
お客様に心配させる
この噺のキモは、そんなに騒ぐとまた隣の部屋の侍に怒られるよという気分をお客様にもってもらうことです。
さらに突然同じ部屋の2人も友達だから助太刀をするだろう。
一緒に切ってしまうと侍が呟く時、源兵衛以外の太助と喜多八は首をふって「しない、しない」ととぼけるところです。
ここは特に笑いをとれるおいしい場面の1つです。
自分の命がかかると、突然冷淡になるという人間の心理をうまく描いています。
演じていて難しいのは、登場人物が多いため、左右に首をふるいわゆる上下を切る動作をどのようにするかです。
この噺にでてくる登場人物達は、それぞれのキャラクターがユニークで、実に個性的です。
1人1人が面白い役割を演じてくれるため、噺に身をまかせて進めていくと、最後のオチまで滑り込むことができます。
江戸っ子の持つ気分をどのくらい溌剌と出せるか。
粋な侍の心根をどう表現するか。
そのあたりがこの落語の難しさでもあります。
是非、1度映像をご覧になってください。
三木助はもちろん、柳朝などの江戸弁も心地よいです。
大阪の米朝も面白いし、最近では志の輔や一之輔など。
さらには白酒のもいいです。
最後までお読みいただきありがとうございました。