【小論文のキモ】いつも立派な結論が必要なワケではないという根拠

学び

小論文の位置づけ

みなさん。こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は小論文の書き方について論じます。

その前に少しだけ、小論文という試験の位置づけについて考えてみましょう。

この入試は現在多くの大学で実施されています。

なかにはあらかじめ自宅で書いてきたものをチェックするような、総合型(旧AO型)のものもあります。

もちろん、試験場で制限時間を設けて行うタイプの試験が主流です。

いずれにしても推薦型の入試では、小論文が非常に大切な合否の要素になっているのです。

合否は通常、面接の評価と調査書点を合算して行われます。

しかし内申書の得点を全く点数化しないという大学もあります。

その場合、面接と小論文だけで合否を決めるのです。

なぜそこまでするのか。

大学側は高校の格差をかなり気にしています。

学校によって、成績評価の基準が大きく異なるからです。

A段階(4.3~5.0)、B段階(3.5~4.2)といっても、学校によって内実は全く違います。

難易度の高い高校でA段階の評価をとるのは至難です。

高評価を得るには、きちんと日々の学習をこなし、さらに試験で高い得点をとらなくてはなりません。

周囲の友人たちも非常に優秀です。

つまり差がつきにくいのです。

当然、高度な評価を獲得するのは大変です。

大学側は指定校推薦の枠をどの高校に何名出すのかに、かなり神経を使っています。

毎年の受験生の動向をチェックしながら決めているのです。

その高校からの受験者数と合格者数、さらには入学後の成績なども勘案します。

大学側の本音が、この数字に投影されているといってもいいでしょう。

有名な大学から多くの指定校推薦を獲得している学校もあれば、その反対もあるのです。

推薦入試は花盛り

現在、私立大学の推薦入学者数は、ほぼ50%と言われています。

すなわち小論文なしの受験というのは考えられない、と思っていたほうがいいでしょう。

近年、少子化の流れも一気に進んでいます。

大学は選ばなければ全入の時代です。

むしろどうやったら受験生に選ばれるのかを真剣に考えざるを得ません。

現役志向が非常に強いのです。

学科試験を受けずに入学する生徒の数が、毎年増えています。

合格者を少しでも早く確保したいという、大学側の要望も強いです。

それと同時に入学する学校を早く決めたいという、受験生の強いニーズもあります。

かつては教科受験の片隅にあった小論文試験が、俄然クローズアップされてきた背景がここにあるのです。

では実際に小論文の書き方を教える授業が、高校にはどの程度あるのでしょうか。

bgphotographyllc / Pixabay

残念ながら、ほとんどないといった方がいいです。

感想文や作文を小学校や中学校で多く扱っているのは、承知の通りです。

しかし論理で押し通すタイプの国語の授業は、あまりありません。

教師の側からいっても、そういう指導は受けていないのです。

担当した教員にとって、かなりの重荷であることは間違いがないのです。

来年度、高校2年生から新しい国語の選択科目が始まるのはご存知でしょうか。

「論理国語」がそれです。

多くの学校ではこの4単位の授業を行うことと思います。

まさに論理で文章を組み立てていくことを学ぶ場になるのです。

どんな答案を書いて欲しいのか

採点者はどのような答案を待っているのでしょうか。

もちろん、内容がしっかりしたものは言うまでもありません。

導入の問題提起から結論に至るまできちんとした文章を書いて欲しいのです。

しかし残念なことにそうした文章はあまり多くありません。

論理が破綻している文章をよく見かけます。

必ずどこかに錯誤があるのです。

特に課題文を読んで書く問題の場合、きちんと読み取れていないものが多く見受けられます。

大学入試の小論文は、学術論文とは明らかに違います。

いくら方法論を示せといわれても、それほどすごい内容のものが出現するわけがないのはよくわかっています。

採点者を唸らせるような文章が時にないワケではありません。

しかしそれはほんの少数です。

大多数の答案はいったり、こっちへいったりとフラフラしています。

採点者にとっても、それは最初から想定内です。

それでもとにかくじっくりと読みます。

あなたは採点者がどこを見ると思いますか。

ズバリ「課題文を正しく読み取れたか」ということに尽きます。

国語の学科試験がない場合、小論文が国語力を見る場なのです。

ここでどの程度、文章の読解ができるのかをチェックします。

入試にはいつも賛否を問う問題だけが出るというワケではありません。

実な多様な論点が張り巡らしてあり、少し読んだだけでは解決の糸口がみつからない課題もたくさんあるのです。

それでも果敢にチャレンジできるのか。

課題をどう読みこなし、自分の考えを少しでも先に伸ばそうとしたのか。

この2点を中心に読んでいきます。

問題解決の順序

大切なのは立派な結論を書くことではありません。

というより、そのようなものは期待していないというのが正しいです。

問題提起がきちんとできているか。

つまり与えられた文章の中に、どのような問題点があるのかをきちんと読み取れたのかを最初にみます。

その次にあなたは筆者の文章に対して、どの立場に立つのか。

単純に賛否を表せない場合も多々あります。

入試問題にはそれほど、単純な二項対立が出題されない場合も多いのです。

特に最近は単純な図式の問題があまり出ません。

YesNoで答えられないタイプの文章なのです。

それだけに原因の分析に力を費やすケースも多いのです。

Wokandapix / Pixabay

そこから最後は解決が可能か否かという判断をしなくてはなりません。

いくら力をいれても不可能な命題もあります。

1人で力んでみるのはかまいませんが、そのパワーをもう少し、問題の角度を分析する方向に使った方がいいケースも多いのです。

最後に可能なら解決策にもっていきましょう。

あくまでも可能ならばという注釈をつけておきます。

途方もない解決策を叫んでみても、実現不能というケースは多いです。

少子高齢化というテーマを考えただけでも、あなたに解決策がみつかりますか。

出産費用を全額国が出したからといって、多くの人が次々と子育てに手をあげるでしょうか。

もっと背景は複雑です。

その分析もせずに、ただ費用の補償をすればいいといった単純な図式でないことは、誰がみても明らかです。

大切なのは立派な結論だけではありません。

そこに至る道のりなのです。

議論に足る材料をきちんとアレンジしないままの結論はムダです。

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そのことを強く述べておきます。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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