【小論文のカギ】自己主張の後に理由のない文は無価値である

小論文

賛否が明確

みなさん、こんにちは。

小論文添削歴20年の元都立高校国語科教師、すい喬です。

勉強は進んでいますか。

志望校はすでに決まりましたか。

とにかく他の人より1歩でも先を歩くことです。

目標が決まれば、人間は強くなれます。

今日始めれば、明日始める人より、1日分、先を歩けるのです。

知らないことを知ることができます。

突然ですが、英語と日本語の違いはどこにあると思いますか。

構文の差といってもいいかもしれません。

その最大のものこそが英語の大きな特徴です。

ズバリ最初にYesかNoかがはっきりしているということです。

英語は文章の冒頭を読めば、賛否がすぐにわかるのです。

つねに自分の立場を明確にしなくてはなりません。

これが日本人には最もきついのです。

慣れていないと、とまどうことばかりです。

あなたは自分の考えをはっきりさせ、YesNoで人と話してきましたか。

文章にしましたか。

そうではないと思います。

日本人は普通、そういう話し方や書き方をしません。

通常は謝るのです。

私はあまり話がうまくはありませんと断ってから喋り始めます。

文を書く時も同じです。

いつも相手の様子をみながら、自分の意見を探るのです。

議論になったらどうしても冷静ではいられなくなります。

人間関係を壊してしまうのがイヤなのです。

最悪の場合、ビミョーなどという実にいい加減な返事をしたりすることもあるくらいです。

「なぜなら」で説明

英語の話をもう少し続けます。

自分の意見をきちんと示したら、次にすることはその理由を説明することです。

これも理屈にあった論理で証明しなければなりせん。

その際、最も気になるのは「なぜなら」の使い方です。

英語で話している人の会話をそばでじっと聞いていると実によくbecauseを連発しています。

話し始めるとすぐにbecauseが飛び出してきます。

不思議なもので、日本人でも英語が得意な人が外国人と話をしているのを聞いていると、becauseをたくさん使っています。

日本人同士の会話でそれほどに「なぜなら」を使うでしょうか。

自分が話す時のことを思い出してみてください。

多分、ほとんど使わないのではないですか。

会話の中に「なぜなら」をたくさん入れると、なんとなくくどい表現になるのです。

理屈っぽいとでもいうのでしょうか。

表現としてもこなれません。

日本人はいちいち理由を問いただすということもしないのです。

なんとなく雰囲気で理解してしまいます。

理由をきちんと説明するという行為を日本人はむしろ嫌がります。

言葉の性質にもよるのでしょう。

YesNoも最後まで聞かないとわかりません。

「好きです」と「好きではありません」という内容の判断材料は最後の部分にあります。

最初に賛否を表明するワケではないのです。

どちらかといえば賛否を曖昧にして話を先に進めてしまいます。

日本人同士ではその方がスムーズにいくのです。

小論文の場合

つまりYesNoをはっきりさせないというのが、日本式の文章表現なのです。

日本人はつねに場の空気を読むということを最優先して生きているからでしょう。

個人の意見もそれほど明確にしません。

その習慣を小論文に持ち込むと、とんでもないことになります。

全く何を論じようとしているのか、わからない文章になってしまうのです。

小論文はどちらかといえば、英語の文章に近いスタイルだと思ってください。

何度も同じことを繰り返し、さらに「なぜなら」をきちんとしつこいくらいに書き込んでいくのです。

言いかえといってもいいかもしれません。

ここでいう説明とは詳しくわかりやすく論じていくことを意味します。

もちろん内容がきちんと捉えられていなければ話になりません。

どんな文章が1番説得力を持つのか。

それは事実ときちんと符合している文です。

まさにそこに示されていることが、現実にたくさんあり、理性的に考えてもその通りだと納得できるものです。

理屈だけを並べたものはダメです。

書かれた通りの事象が目の前で繰り広げられることが大切です。

その際、なぜなら以下で説明された理由に確信が持てなければいけません。

現実をどこまで見ているのかという点が大切です。

採点者はそこに注目しているのです。

確かに論点はわかる。

しかし現実にそんなことが本当にあるのかと思わせてしまったのではNGです。

高い評価は得られません。

例示をうまくまとめる

「なぜなら」で文章をまとめるためにはどうしたらいいのでしょう。

こんな現実がありますよとみせてあげればいいのです。

格差社会というテーマなら、自分が知っている現実の格差を示しましょう。

高齢化社会がポイントなら、どこに問題があるのかを論じなくてはなりません。

その際、あなたが見た現実をそのまま書き込むのです。

国際化と人権が問題なら、外国人の多く住む団地のごみ問題をとりあげてもかまいません。

その際、何が大事な視点なのか。

自分が知っている現実を明確に述べなければダメです。

それが「なぜなら」以下の部分になります。

つまり理由の説明です。

ここがきちんとしていないと、なんのためにこの文章を書いたのかという根本がなにもみえなくなってしまいます。

rawpixel / Pixabay

根拠をまとめるというのは簡単ではありません。

それだけあなたに材料がなくてはならないのです。

テーマに即した課題文にもヒントはあるかもしれません。

しかしそれ以上に自分で発掘した問題意識をきちんと提示しなくてはならないのです。

「なぜなら」以下にそれが明確にあらわれていれば、採点者の評価は高くなります。

なんにも現実をみていないと判断されれば、ただの頭でっかちとして認識されるだけです。

これからの学習はあらゆる角度から現実を見抜く力が要求されます。

その意味で、「なぜなら」以降を充実させる練習をしてください。

しつこいくらいで平気です。

理由を述べない小論文には価値がありません。

これだけは肝に銘じておいてください。

今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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