【小論文の破壊力】立場の反転が論理の透明度を劇的に変えるワケ

学び

考え抜く力

みなさん、こんにちは。

小論文添削歴20年の元高校国語科教師、すい喬です。

今回は立場の反転という発想にせまります。

小論文の問題は毎年、複雑化していく一方です。

その理由は簡単です。

世界がますます混沌とし、容易に理解できなくなっているからです。

問題をときほぐせないのです。

どこにその本質があるのかを探すのも容易ではありません。

つまり明確な正解がないのです。

答えがでなければ、みんな焦りますよね。

それでも我慢して考え抜けというのが、今の状況です。

正解や答えが1つしかないなどいう楽観論では小論文に立ち向かうことはできません。

どうしても長い間の習慣から抜けられない人は、根本的に考え直したほうがいいです。

否定され、間違いだと言われても、まさかと思うようなタイプの人は考えを深めることができません。

苦しい時代が続くと思います。

賛成だとか反対だとかいったような二元論ではもう文章が書けないレベルに来ています。

ではどうすればいいのか。

事実はそこに提示されています。

1番の難しさは、それをどの立場で見るかに尽きるのです。

こちら側からみれば泣いているように見える像も、反対側からみると、全く違うということがよくあります。

有名な奈良興福寺の阿修羅像などは数面の顔を持っています。

見る位置によって憂いに沈んでいるようにも見えます。

しかし別の顔をみると、うっすらと笑みをたたえているようにもみえるのです。

どんな事実が欲しいのか

小論文もこれと同じです。

自分がどの立場から書きたいのかということに執着すると、他の側面が全く見えなくなります。

つまり泣いている表情だけしか見えません。

ところがその裏側で、微かに微笑んでいるかもしれないのです。

ものごとから複数の可能性を引き出すには、よほどの観察力が必要です。

注意深く観察した後、自分が取り出した事実と論理性をぶつけあわなくてはいけません。

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そこで導き出した考えにどこまで妥当性があるのかを検証するのです。

人間はどうしても自分の都合で、結論を導き出してしまうものです。

この場合、知的な能力が試されますね。

自分が欲しい事実に、観察があっていない時、わざとその部分を見なかったということにしてしまいがちです。

これが1番学問をしていく上でまずい態度です。

論理にあわない事実を知っていながら捨ててしまう。

これではなんのための学問かわかりません。

結論を導くために、具合の悪い結果が出たとしましょう。

そうしたら、その新しいラインにのっとって、文章を書き始めるのです。

それくらいの柔らかさがなければ、小論文では成功しません。

ともすると、学校の成績がいい人の中にこの傾向が強いようです。

彼らは疑問をもった時も、あえて自分で握りつぶしてきた過去があります。

素直に質問をすればよかったのに、それをしなかったのです。

効率を重視したため、余分な時間をとりたくなかったのでしょう。

そのツケが今来ています。

どうしても正解をすぐに求めてしまう傾向が強いのです。

正しくないといえば、では正しい答えは何かとすぐ探します。

しかしそれは容易にみつからない。

現実はここに示した通りです。

答えが出ないという状態に耐えられないのです

思考し続けるには、体力がいります。

しかし効率重視の観点からいえば、それは無駄な労力なのです。

正解はないかもしれない。

納得できる範囲の解答をつきあわせて、なんとかそれらしいものを作るのがやっとということもあります。

新しい学び方

ではどうしたらいいのか。

本当は今まで自分でよく考えてこなかったのかもしれないのです。

言葉は悪いですが、その気になっていただけ。

答えを暗記する勉強にシフトしすぎていたのかもしれません。

文字を読んだ気になって、その奥まで理解していなかった。

そうは考えられませんか。

見た気になって見ていなかったということもあるでしょう。

本当に見るということは、つねに考えることと合体していなければなりません。

昨今は情報を読み取って、文章化する問題がトレンドです。

ただ読んだような気になっている勉強では通用しません。

「読んで書いて表現する」という新しい教育観の元で試験が作られているのです。

自分の考えを発展させることができないような能力では、小論文に対応できません。

今後もこの傾向が弱まることはないでしょう。

それだけ世界が複雑化しているからです。

情報が瞬時に世界を駆け回る時代です。

その中で、自分の論理を構築していかなければならないのです。

この傾向は大学入試だけの話ではありません。

中高全ての入試に共通しています。

考える能力を伸ばす

処理のスピードは確かに大切です。

しかしそれだけではあまりにも不十分です。

どの立場から考えているのかということをつねに意識してください。

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医療現場をイメージすればよくわかります。

1つのテーマに対して、患者と医療従事者の立場は全く違います。

さらに医師と看護師の立場も違います。

その他の医療関係者もそれぞれの立場で論点はかわります。

そこをきちんと透明化しておかないと、論旨がはっきりしません。

インフォームド・コンセントという医療にとっては最も大切な視点も、患者と医師では全く違う表情を持っています。

医療訴訟というキーワードをそこに1ついれただけで、透明度が全く異なってくるのです。

しかしここで単純に対立していることだけを取り上げればそれでいいのかということもあります。

それぞれの透明化が一段落したあとで、それならば相互に垣根を越えて協力できることはないのか。

互いに研修を積むことで、意志の疎通を図る手立てはないのかという新しい段階に入っていけます。

他者の学びを自分のものにどこまですることが可能なのかというテーマも十分、検討に値するものです。

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今日、小論文はたんに賛否を問うだけの場所ではありません。

そこから新しい胎動を作り上げることができれば、これ以上の喜びはないでしょう。

またそうした場所として位置させることで、可能性を広げることができます。

個人だけではなく組織としての未来へ、アプローチを架けることもできるのです。

考えるということは途方もないことです。

しかしそれを着実に文章の中で行い、実践につなげられるだけの能力をもった学生を、大学は欲しています。

正解主義と効率第一主義の考え方から抜け出さなくてはなりません。

立場を逆転し、透明度を増しながら、論点を正確に把握する勉強を続けてください。

大学に入学することだけが目的なのではありません。

小論文の勉強はその先まで見据えた、大きなプロジェクトなのです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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