与太郎の魅力
みなさん、こんにちは。
アマチュア落語家、すい喬です。
落語の話はいくら書いても終わりということがありません。
知恵の宝庫といってもいいんじゃないでしょうか。
なにしろ300年の間、いろいろな人の生き様を写しだしてきました。
そこに嘘はないはずです。
聞いてよし、見てよし、やってよし。
ぼくなんかパワー不足の時に1人で江戸っ子の出てくる落語をやってると、どんどん元気になります。
不思議な力をもった芸能だと思います。
今回は与太郎の話をしましょう。
与太という表現はいいかげんでダメといったニュアンスを持っているようですね。
あの野郎のいうことは与太だ、といえば適当で信用できないという意味になります。
与太話という表現がまさにそれです。
ですからいつもいいかげんなことを言っている人間の名前が与太郎になってしまったのでしょう。
しかしこの人がいなかったら、どれほど落語の世界は寂しかったことか。
神様に感謝したいほどです。
落語会でも、時々与太郎の出てくる噺を無性にやりたくなる時があります。
なぜでしょうか。
人間関係にくたびれたりした時なのかな。
自分でもよくわかりません。
ただみんなが一生懸命になりすぎてヒートアップしている時に、与太郎はいつも一歩下がってますよね。
というか、それ以外の立ち位置をとれないんでしようけど。
その下がった場所というのが、実はすごく貴重なところなんです。
そこに与太郎が立っていてくれることで、みんなの関係が安定する。
誰もいじめたりはしません。
与太郎ははじめからそこにいるのです。
孝行糖と牛ほめ
与太郎はどんな人物なんでしょうか。
「孝行糖」では親孝行ということになっています。
ご存知ですか。
最近はあまりやる噺家がいません。
三遊亭萬橘師が好きなんだとかで、時々やってます。
ぼくも彼ので覚えました。
この噺、結構気に入ってます。
実際はもっと長いのです。
この売り口上が好きですね。
「牛ほめ」には父親が登場します。
伯父さんも出てきます。
これも愉快な噺ですね。
前座噺の代表です。
必ず覚えさせられます。
伯父さんの家の普請を褒める口上が難しいです。
天井は薩摩のうずらもく、畳は備後の五分縁で、左右の壁は砂摺りでございます。
お庭は総体御影づくりでございます。
与太郎にこんな難しいことを覚えさせるもどうかと思いますけどね。
与太郎さん、調子にのって牛の褒め方も教えてもらいます。
落語だけです、こんなことを教えてくれるのは。
学校じゃ絶対に無理。
と覚えます。
天角は角が天を向いていて、地眼は眼が低くて地を見ています。
一黒は体が黒く、直頭は首がまっすぐで、耳が小さくて歯が乱食いだということです。
その昔、菅原道真公が乗っていた牛のことらしいです。
錦の袈裟
さてここからは利口なおかみさんが亭主の与太郎のためにいろいろと知恵をまわしてくれるという噺です。
ぼくも随分と落語を聞いてますが、与太郎におかみさんの出てくる噺はこれ1つですね。
何度も高座にかけました。
艶笑落語です。
でも後味は悪くありません。
それは与太郎が主人公だからです。
吉原の遊郭の噺だなんていうと、なにそれとなりますが、ここに出てくる与太郎さんは実に愛らしいのです。
町内の若い衆が寄り集まって吉原へ繰り込むことになりました。
隣町の連中が、吉原で芸者を総揚げして大騒ぎをしたあげく、緋縮緬の長襦袢一丁でかっぽれの総踊りをしたというのです。
負けてはならぬとばかり相談した結果、こっちはもっと豪華に錦の褌をお揃いでこしらえようということになります。
質流れの錦で褌に仕立てたまではいいのですが1人分足りません。
与太郎の分です。
吉原に行きたい与太郎はおかみさんにおうかがいを立てます。
仲間のつき合いだということでお許しをもらえました。
しかし錦の布はとても高いのです。
知恵のあるおかみさんは、寺の和尚に「親類の娘に狐が憑いたが、錦の袈裟を掛けてやると落ちるというから、一晩だけぜひ貸してくれ」と頼み込んできなさいと入れ知恵をします。
翌朝には必ず返すと約束して借り、吉原行きの仲間入りが出来ました
宴会の最後になって、皆一斉に錦の褌一つになります。
裸踊りを始めたので一同びっくり。
目立ったのは他の人より格段に立派な錦の褌をしめている与太郎でした。
花魁たちはきっとあれがお殿様に違いないというので、1人だけ大変なもて方。
翌朝になっても花魁達は離してくれません。
花魁「どうしてもおまえさんは、今朝帰さないよ」
与太郎「えぇ、袈裟(今朝)返さねえとお寺をしくじる」
というのがオチです。
袈裟と今朝の同音異義語ですね。
いわゆる掛詞です。
どうですか。
このばかばかしさ。
こういう噺が大好きです。
機転のきくおかみさんもすごい。
自分の亭主をなんとかしてあげたいという気持ちがよく滲んでます。
町内の仲間達も、けっして与太郎をいじめたりしません。
一緒に連れていってやろうよと話し合います。
ただし錦の褌が1つ足りないというだけの話です。
みんなで一緒にいこうという優しさがこの噺にはこもっています。
アンガーマネジメント
与太郎がいると、自然と空気がなごみます。
それまでの険悪だった雰囲気が一気に和らぐのです。
彼は全く違う力学の中で生きています。
第一線にのし上がっていこうなぞとは夢にも思いません。
だから敵にならないのです。
それが与太郎の持ち味なのです。
さて近年の大きなテーマに日々の怒りをどうしずめるのかというのがありますね。
みんなイライラしてストレスを抱えている。
それを我慢ばかりしていると、内側にどんどん堆積していきます。
学校へも職場へも行けなくなってしまう人がたくさんいるのです。
アンガーマネジメントという言葉をよく聞くようになりました。
切れやすい老人という表現もよく聞きます。
立場の弱い人間に対して、居丈高に振る舞うという悲しい現実もたくさん見聞きします。
それに対する1つの答えが、与太郎の存在といえるのではないでしょうか。
急がない
自足することを知る
どれもとても難しいことです。
身の丈にあった生き方をしろということではありません。
それではあまりに悲しいじゃありませんか。
どこまでも成長しつつ、しかし怒りをためない生き方。
それを与太郎に教えてもらう時代がきたのかもしれません。
錦の袈裟をやって高座からおりると、なんとなくリラックスしている自分がいます。
与太郎になることは難しいことですが、目標にしても悪くないなとしみじみ感じます。
1度聞いてみてください。
ぼくは亡くなった先代の古今亭志ん五師の突き抜けた与太郎が大好きでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。