不公平感
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
中流意識の崩壊が言われて久しくなりました。
日本では、この30年間、デフレ基調の時代が続き、収入の伸びもそれほどではありませんでした。
そのかわり物価の伸びも低かったのです。
相対的に中流意識がかろうじて維持されてきました。
ところがここ数年のインフレ傾向は食品だけに限りません。
ホルムズ海峡の封鎖による石油の値上がりや、円安、人件費の高騰などとあわせて、驚くばかりです。

マンパワーを必要とする福祉、医療、運輸などの職種では賃金があまり上がっていません。
その一方で株価は異常なほど高騰しました。
つまり資産を運用できる人は利上げの恩恵なども受けやすく、生活レベルは十分に維持できています。
その一方で片親家庭などをはじめとした低所得層は以前より明らかに生活が苦しくなっているのです。
年金や医療などの社会福祉のために支払わなければならない金額も高いです。
ところが、収入の極端に低い人々や外国人を対象にした支援は続けられています。
つまり中流から崩れ落ちた層が、それ以下の状況にいる人間に対して寛容な精神状態をとりずらくなっているのです。
なぜ自分たちが我慢をして、それ以下の人々を支えなければならないのか。
不公平感が日々増しています。
特に日本に移住してきた外国人に対する視線は以前より厳しくなっています。
医療や福祉の対象として処遇する限り、中流以下の日本人たちは彼らにかなり援助しつづけなければならないからです。
外国人の入国管理に関する法律も次第に細かくなり、厳しさも同時に増してきました。
必要な書類の内容が複雑になり、取得のための費用も高くなっています。
朝日新聞の天声人語に、適当な文章がありました。
読んでみましょう。
排外主義と外国人差別の違い
排外主義に関する海外の事例を調べていて、英語にはさまざまな言い回しがあることに気づいた。
最も強烈なのは「外国人嫌悪」だが、「反外国人感情」や「移民蔑視」もよく使われている。
排除や排斥を意味する表現の方が少ない。
これは差別的な思考だと、もっとはっきり伝わる日本語はないか。
そう思ったのは、選挙の報道である政党の支持者の声を知ったからだ。

「日本なんだから日本人を一番に考えるのは当たり前ですよね」と、「日本人ファースト」をあっさり語っていた。
世界中で台頭するポピュリズムの波が日本にも到達したかと暗い気分になりつつ 、強い 違和感も覚えた。
欧米と比べて日本が受け入れる外国人は圧倒的に少ないのに、あえて声高に排斥するのはなぜか。
五十嵐彰著『可視化される差別』が、興味深い実験を紹介している。
日本人に「外国人労働者の受け入れ制限の賛否」を問うと、他者に回答内容が見られる時に、より排外的な回答をしたという。
本心は排外的でも、罪悪感から他者には隠す傾向が強い欧米とは 逆の結果だ。
著者は、日本社会には排外的にふるまわなければならないと錯覚させる「規範」があると分析する。
排外主義が多数派だと思い込み 、自分も合わせなければと感じてしまう。
背景には、芸能人や政治家が排外的な発言をしても他国のように批判されない状況があると。
排外的なひとつの発言が、不満や不安を糧に広がっているなら怖い。
排外主義とは明確に、外国人差別なのだ。
「天声人語」『朝日新聞』2025年7月
排除する思想
「排外主義」と「外国人差別」は何が違うのでしょうか。
わかりやすくいえば、外国人差別は外国人を不当に扱う「行為、態度」です。
例えば外国人にはアパートを貸さないというのは明確な外国人差別です。
それに対して、排外主義とは「外国人はわれわれの社会から排除されるべきだ」という「政治的な考え方」です。
日本のシステムは現在も戸籍制度のなかで機能しています。
つまり排外主義は外国人を「外から来た者」として排除する思想と直結するのです。
外国人が元々少ない日本で排外意識が生まれやすい土壌を考えると、より理解がしやすいのではないでしょうか。

貧しくなった人が外国人を嫌うという図式化は単純に過ぎます。
むしろ「自分の生活が以前より不安定になった」という感覚が、非正規雇用の拡大や賃金の伸び悩み、社会保障への不安、住宅や教育費の負担などによって、拡大しているのです。
努力すれば、自分も中流になれるという信仰に近いものが、失われつつあります。
その原因に外国人が影響を与えているのでしょうか。
ここが大きな問題点です。
政治家たちはその不安をわかりやすく説明できるための「敵」をつねに探し回っているのです。
心理的には「外国人が優遇されている」「外国人に仕事を奪われている」といった物語がいちばん納得しやすいもののひとつですね。
「日本人ファースト」が生まれる原点がこれです。
ある意味、だれにでも容易に想像ができる方程式の一つです。
経済問題を民族や国籍の問題に置き換えられるからです。
「給料が上がらない」という理由にはたくさんの要素があります。
賃金の政策、企業の利益配分、税制、社会保障、非正規雇用などなどです。
しかしこれらをすべて捨てて、外国人が増えたから日本人の生活が苦しくなった」とすれば、誰の胸にもストンと落ちるのです。
不満の鬱積
最後の切り札がこれです。
医療保険などを考えれば、すぐに想像がつきますね。
中流から抜け落ちていく人たちは、なんとか踏みとどまろうと日々、努力をしています。
そのために少ない収入の中から、税金や社会福祉費を支払っているのです。
それなのに、人口減少と人手不足が理由とはいえ、外国人を研修生などという都合のいい名前をつけて受け入れる実態には、不満が鬱積しています。
出入国の管理政策の基本は「必要な外国人は受け入れる」に尽きます。
だれがその必要な人材を誰が選別するのでしょうか。
もちろん、国家そのものです。
ここが「排外主義」となじむ危険なところなのです。
日本人には無意識下に次のような考えを持っている人がいると言われています。
①外国人は危険である。
②外国人は日本社会を壊す。
③外国人に権利を与える必要はない。

本来、外国人を管理する制度であったものが、「外国人を排除する思想」とつながりやすい要素を本質的に持っているのです。
そこに中流層の不安定化が襲ってきました。
将来の見えない時代なのです。
自分たちが本来もらうべきものを誰かに奪われていると考えても不思議ではありません。
最後が、外国人を排斥する心理です。
排外主義は、外国人など「外から来た者」を社会の成員として十分に認めず、排除・制限しようとする思想です。
それが具体的な不利益や侮蔑として現れたとき、はじめて外国人差別になるのです。
この両者を正確に区分けして、本質論に肉薄しないと、とんでもない結論だけが残ることになります。
それだけは、なんとしても避けなければなりません。
わたしたちはどうしたらいいのか。
いまこそ、冷静になる必要があります。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
