玉勝間
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は本の扱い方というテーマで考えてみましょう。
本居宣長という名前は聞いたことがあるという人も多いはずです。
有名な江戸時代の国学者ですね。
古語、歴史、地理などについても大変に詳しく、多くの著作を残しています。
特に生涯を費やして研究した注釈書『古事記伝』は有名です。
その他、代表的な著作には『源氏物語』の注釈書『源氏物語玉の小櫛』があります。

『玉勝間』という有名な随筆をご存知ですか。
実に不思議なタイトルですね。
勝間(かつま)とは目の細かい竹の籠のことを言います。
玉はすばらしいとか、美しいという意味なのです。
「捨てがたい大切な事柄を集めたもの」という著書を想像してみてください。
宣長の文学観は、人の自然な心の動きを最も大切にするということに尽きます。
どんなに偉い過去の人が言った発言であっても、それが腑に落ちなければじっくりと突き詰めて自分なりの結論を出しました。
そのため風雅やわび、さびといった概念も徹底的に検証されるのです。
作り物めいた美意識が好きではなかったのでしょう。
彼にとって、文学は装飾品ではありませんでした。
よく「大和心とはなにか」という話の中で、宣長の歌があげられます。
敷島の 大和心を 人とはば 朝日に匂ふ 山桜花
この歌は朝の光に照り輝く山桜の花こそが、日本人である私の心なのだという意味の歌です。
評論家、小林秀雄は彼の大作『本居宣長』の中で、この山桜の持つ意味はなんであったのかということをじっくり考察しています。
花の麗しさに感動する心とは何かということなのです。
今回は『玉勝間』の中から、本の扱い方をどうしたらいいのかという、実に興味深い内容の一節をとりあげます。
文章が非常に長いので、適当に区切りました。
本文
めづらしき書をえたらむには、したしきもうときも、同じこころざしならむ人には、かたみにやすく借して、見せもし写させもして、世にひろくせまほしきわざなるを、
人には見せず、おのれひとり見て、ほこらむとするは、いといと心ぎたなく、物まなぶ人のあるまじきこと也。

ただしえがたきふみを、遠くたよりあしき国などへかしやりたるに、あるは道のほどにてはふれうせ、あるは其人にはかになくなりなどもして、つひにその書かへらずなる事あるは、いと心うきわざ也。
さればとほきさかひより借りたらむふみは、道のほどのことをもよくしたため、又人の命は、にはかなることもはかりがたき物にしあれば、なからむ後にも、はふらさず、たしかにかへすべく、おきておくべきわざ也。
すべて人の書を借りたらむには、すみやかに見て、かへすべきわざなるを、久しくどどめおくは、心なし。
さるは書のみにもあらず、人に借りたる物は、何も何も同じことなるうちに、いかなればにか、書はことに、用なくなりてのちも、なほざりにうちすておきて、久しくかへさぬ 人の、よに多き物ぞかし。
現代語訳
珍しい書物を持っているとしたら、親しい人にも疎遠な人にも、特に同じ学問を志している人には、気軽に借してさしあげたいものです。
お見せして写してもらい、世の中に広めることが大切です。
ところがなかには他人には見せないで、自分のそばに置いたまま、誇ろうとする人もいます。
大変心が汚く、せまいものにみえますね。
ものを学ぶ人間にとって、あってはならないことです。
ただし、手に入れるのが難しい書物を、遠方に住んでいる人などへ貸してさしあげたりすることがあったとしましょう。
それをどこかへ紛失し、あるいはその人が突然亡くなったりなどもして、ついにその書物が返らないことがあったりするとしたら、それは大変つらいです。

そういう時は、手紙にそのあたりの事情をよく書きしるし、人の寿命は計りがたいものであるので、もし亡くなった場合でも、放置せず、確実に返していただくよう、ひとことしたためておくべきです。
人の書物はお借りしたら、速やかに読んで返しましょう。
それなのに自分のところに長く留めおくのは、あまりにも思慮分別がないといえます。
もちろん、こういうことは書物だけに限る話ではありません。
人に借りたものは、どれも同じことなのです。
それがなぜか、書物の場合、特に用が無くなった後に放置してしまいがちなものです。
久しくお返ししない人が世の中になんと多いことなのでしょうか。
知識の独占
この随筆に示された「知識は共有すべき」「借りたものははやく返すべき」という考え方は、現代にも通じる大切なことですね。
現代においても貴重な教訓だと思います。
本居宣長は知識を独占することをけっして勧めてはいません。
しかし誰にでも無条件に広めればよいとも考えていませんでした。
学問には師から弟子へ正しく伝えることが大切だと信じていたのです。
彼の門人は全国に数百人いました。
その意味では、知識を積極的に広めようとした人物だったといえるでしょう。
ところが古典の理解が一筋縄ではいかないことも、よく知っていました。
つまり十分に学問をおさめずに生半可な知識を振りかざしてしまうと、本来の意味をそこねてしまうと考えていたのです。
正しい理解は師について学ぶことで身につくというのが、その基本的な姿勢です。
彼は自分の研究結果や知識を出し惜しみするような人間ではありませんでした。
そのために出版にも力を入れました。
その結果、『古事記伝』などは多くの人が手にとれたのです。
しかし内容を理解するには基礎的な学習が必要だと考えていました。
つまり師について学ぶことの大切さです。
本を独占するのは学ぶ者としてよくないということはよく認識していました。
しかし同時に誤った理解が広まることを怖れたという一面もあるのです。
本の貸し借りの礼儀を重視したのにも意味があります。

子弟関係がきちんとしていれば、正統な学びを続けることができます。
学問が途中で途切れてしまうことがないように、その行方を見守ることも可能だったワケです。
知識を得ることが悪いなどとは到底考えたりはしませんでした。
広まることをけっして否定はしなかったのです。
しかし本居宣長は「知識を正確に継承すること」の価値を非常に重視しました。
広めるのならば誤りなく伝わる形で、長く続くようにと念じたのです。
現代でも学際的と呼ばれる学問が、外国から伝わってくると、すぐに飛びつく学者がいますね。
目先の物珍しさにつられて、研究者の端に自分の座を得ようとする人たちです。
宣長はそういう態度を最も嫌いました。
学問を続けるには覚悟と強い意志が必要です。
あらためて、そのような人たちに、この文章を読み直してもらいたいものです。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

