「浜松中納言物語」異国の地、唐に渡った主人公が織りなす幻想的な王朝物語

輪廻転生

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は『浜松中納言物語』を取り上げましょう。

この作品は平安時代後期に成立した王朝物語です。

主人公が「亡き父は唐の皇子に生まれ変わった」という夢のお告げを受け、中国へ渡るという非常に幻想的な内容を持っています。

夢、宿命、転生、異国への憧れなどが複雑に絡み合った作品です。

全体に『源氏物語』の影響をつよく受けていると言われています。

なかでも特に「宇治十帖」への傾斜が強いようです。

作品の構成としては、「輪廻転生」を軸としたストーリーの展開が最大の特色です。

この物語に登場する国は、当時最も文明が進んでいた中国の唐です。

『浜松中納言物語』は、のちに作家三島由紀夫にも強い影響を与えました。

共通のキーワードは「輪廻転生」です。

三島は晩年の大作である『豊饒の海』を構想する時、この作品を参考にしたといわれています。

興味深いのは、彼が「平安物語の非現実性」に深く惹かれていた点です。

『浜松中納言物語』は『源氏物語』に比べるとかなり幻想的で、夢や前世、来世が物語の主軸です。

作家はそこに、近代の合理主義では捉えきれない「美」と「運命」の感覚を見ていたのではないでしょうか。

今回取り上げるのは唐に渡り、年月を経て日本に帰国した主人公の中納言が、久しぶりに宮中へ参上する場面です。

この世のものとは思えないほど神々しく立派なその姿を見て、普段は感情を露わにしないような身分の低い者や女官のまとめ役までが、思わず涙を流して圧倒されてしまいます。

主人公の並外れた気高さや美しさを強調する表現を読み取ってください。

本文

陣歩み入りたまふより、何の深き心もなげなるものども、女官どものつかさなどさへ、涙落として見奉り驚く。

まいて御方々の、細殿(ほそどの)の内にこぼれ出でて、苦しきまで見送るを、後目(しりめ)にかけつつ過ぎ給ひぬるも、口惜しう妬(ねた)げなり。

御前に召しありて参り給へるに、年比隔てて御覧ずるは、あさましうこの世のものならず、御目も驚きて、とばかり物も仰せられで、涙落させ給へる御気色、かたじけなきに、我もえ心強からず。

かの国にありけむことどもなど、委(くわ)しく問わせ給ふに、御前をとみに立ち出づべうもあらず。

暮れぬるに、雪もなほ降りまさりつつ、月いとおもしろう澄み上りたり。

「遊びなどもすさまじう覚えて、ことにものの音なども聞かでなむ過しつるに」とて、御遊び始まる。

中納言はこの夜の事ども珍しう思(おぼ)されて、見し世の春に似たりしほどなど、ことにつけつついみじう思さるれば、心すましてかき立て給へる筝の音、面白う哀れなる事限りなし。

例のことなれば、涙とどむる人なかりけり。

めずらしげなきことなれど、えぞかき続けざりけるぞ。

御衣(おんぞ)賜はり給ふ、常のことなりかし。

別れては雲居の月もくもりつつかばかり澄めるかげも見ざりき

と仰せごとあるに、いとなめてならぬことなれば、かたじけなうおぼす。

ふるさとのかたみぞかしと天の原ふりさけ月を見しぞかなしき

と奏し給ひて、下り給ふままに舞踏したまふ。

現代語訳

中納言様が帝にお目にかかるため、宮中にお入りになられた時のことです。

その瞬間、何か格別に深い心があるわけでもない者たちや、女官さえもが涙を流し始めたのでした。

中納言様のあまりのみごとな美しさにただただ圧倒されたようです。

ましてや女御や更衣に仕える方々は、細殿のうちにあふれ、心が苦しくなるまでお見送りしました。

中納言様はそれを横目で見ながら傍らを通り過ぎていかれたのです。

女房達は本当にいつまでもお姿を拝見していられないので、残念な思いでいっぱいだったようでした。

帝が数年ぶりにご覧になる中納言様のお姿は、あまりに立派でこの世のものとは思えないほどに華麗なものでした。

帝もしばらくは何もおっしゃいません。

ただ涙を流しておられるその御様子が、大変におそれ多く、中納言様もつい涙ぐんでしまいました。

帝が唐の国であったことなどを、あれこれとご質問なさるので、御前をすぐに退出することなど到底できそうもありません。

日が暮れてしまうと雪も降るだけ降って、月がたいそう美しく澄みわたりました。

帝が近頃は管弦の遊びなども興ざめに思われて、楽器の音なども聞かないで過ごしていたことを告げました。

それでも中納言様に再会できた喜びからでしょう、いよいよ管弦の遊びが始まったのです。

中納言様は久しぶりに日本で過ごす夜のことが珍しく感じられてなりませんでした。

唐の国にいた頃の、春の夜に似た風情などを、あれこれと思い出さずにはいられなかったのです。

心澄まして奏でる筝の音が、趣深いことは言うまでもありません。

中納言様の演奏が大変にすばらしいので、その音色に誰もが涙を流しました。

筝の音の果てた後には帝より御衣などを賜りました。

これも以前は常のことだったのです。

(別れては雲居の月もくもりつつかばかり澄めるかげも見ざりき)

あなたと別れた後は、宮中でみる空の月も涙でくもるばかりで、これほどには晴れ渡って見えはしませんでしたよ。

帝のお言葉があり、中納言様はありがたくて、心をうたれたのです。

(ふるさとのかたみぞかしと天の原ふりさけ月を見しぞかなしき)

唐の国にいた時、ふるさとの形見であることかと見た月こそ、なんとも悲しく切ないものでございました。

このように返歌をし、帝のために舞いなどを舞ってさしあげたのです。

特異な話

この作品の筆者は誰なのかということも本当はよくわかっていません。

作者は『更級日記』を書いた菅原孝標女(すがわらたかすえのむすめ)ではないかという説が有力です。

原名は『御津の浜松』と呼ばれていました。

残念なことに今は最初の巻が欠落しています。

しかし残された部分からだけでも、この作品の特異性がよく読み取れるのです。

登場する人間の関係もかなり複雑です。

恋の要素がかなり入り込んではいますが、ポイントは父親の転生と唐へ渡る場面が当時としては大変に異色でした。

主人公の中納言は亡き父親が唐の皇子に転生していると伝え聞き、夢にまで見たので、ついに唐に渡ることを決心するのです。

唐へ渡った中納言を待っていたのは、父に当たる皇子だけではありません。

そこで転生した皇子とその母后に会ったのです。

ところが中納言は母后に心ひかれてしまいました。

やがて2人は契り、その結果男の子が生まれます。

このあたりは、源氏物語を髣髴とさせますね。

父探しという行動そのものが新しい恋愛の要素を導きだしてしまうのです。

この不思議な意識のねじれが、作品全体をそれまでの物語とは全く違うものにしてます。

さらに帰国後の大きな転換点が、吉野姫をめぐる展開です。

物語全体を通して、恋愛が生身の関係だけに終わらず、死と生を行き来するという不思議な構造になっています。

興味のある方はぜひ、物語本文にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

倒錯した耽美的世界に憧れていた三島由紀夫を捉えて離さなかった理由が、このあたりにあるような気がします。

学校では全く扱わない作品なので、あまり有名ではありませんが、ぜひ参考にしていただければと思います。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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