『油断』という小説
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、ブロガーのすい喬です。
今回は2021年度予算案について少し考えます。
21日に閣議決定された来年度の当初予算案は107兆円あまり。
100兆円を超えるのは3年連続です。
驚くべきはそのうちの40%が借金で賄われるということです。
コロナで経済が動かなくなり、財政赤字を覚悟で国債を発行し続けています。
日銀が保有する国債は残高の40%、1000兆円にせまっています。
現在の日本は国債の発行を止められず、歯止めが全く効かない状態なのです。
このまま進めばどうなるか。
体力をじりじりと減らし始め、限界を越えつつあるのです。
格付けの見通しも巨額補正による財政悪化をうけています。
欧米の格付け会社は評価を次々と下げています。
日銀が国債を買い入れ、なんとか恰好だけをつけてはいるものの、いつそのタガがはずれるのか。
もう誰にも先が見えなくなりつつあります。
かつて『油断』という本が出版されました。
筆者は通産官僚だった堺屋太一です。
出版されたのは1975年。
中東からの石油輸入が制限されるようになった時に、日本はどうなるのかという小説です。
1973年に小説の第1稿は書き上げられていました。
しかしその後すぐに本物のオイルショックが発生したのです。
その時はあまりにもシュミレーションが現実に近すぎたため、出版を見送りました。
石油危機が落ち着いた1975年にやっと発表されたのです。
今でもガソリンの値段が上がったり下がったりするたびにあの『油断』という小説の持っていた意味が脳裡に浮かびます。
団塊の世代
その小説の著者、堺屋太一が名付けたのが、まさに「団塊の世代」という表現です。
これは第1次ベビーブームが起きた時期に生まれた世代を指します。
第2次世界大戦直後の1947年~1949年に生まれた人たちの総称です。
第1次ベビーブーム世代とも呼ばれます。
まさに日本の高度経済成長と一緒に育った戦後世代なのです。
大学進学者数も飛躍的に伸びました。
学生運動が盛んだった世代の代表です。
リベラルな思想を好み、人権意識も強く持っています。
文化、思想のあらゆる面においてもかつての日本人とは全く異なるのです。
その彼らがここ数年の間に後期高齢者になります。
日本の医療制度は、現在前期高齢者(65~74歳)と後期高齢者(75歳以上)に該当する世代に分かれています。
健康保険料も、さらに診療費の負担も異なります。
つい先日、75歳以上が一律1割負担だったのをあらため、年収に応じて増額するという決定をしたばかりです。
その線引きでかなりもめました。
まだ最終的な決着はついていません。
ところで1947年の年間出生数はどれくらいなのか。
260万人を超えています。
3年間の合計出生数は約806万人にのぼるのです。
現在の出生者数はどれくらいか知っていますか。
2019年は87万人弱です。
実に3倍近いのです。
この数字をどのようにみればいいのか。
あらゆるところに社会保障費を使わなくてはならなくなりました。
毎日が日曜日
彼らの退職が始まる頃にこんなことが言われました。
膨大な退職金がこの国を潤すという人もいれば、みな貯蓄にまわしてしまい、どこにもそんな余裕はないという人もいたのです。
どちらが正しかったのか。
現実は2000万円問題に明らかなように、退職後が決してバラ色ではなかったのです。
『毎日が日曜日』を書いたのは亡くなった作家城山三郎でした。
あの頃はなるほどそんなこともあるのかと思っただけでした。
しかし現実には確かに毎日が日曜日になったものの、生きがいを喪失し、再就職の道を求める人が増えました。
年金も60歳で満額の支払いができなくなり、65歳支給という路線におさまっています。
当然それまでの無年金生活を補うために、定年制を伸ばすというやりくりが考えられました。
いくら蕎麦打ちが好きだからと言っても、毎日というわけにもいきませんからね。
ゴルフもそうです。
忙しい日々の合間に遊ぶのは愉快だったでしょう。
しかし毎日暇でやることがないなかで、ゴルフをしても楽しくはないのです。
都心の散歩にも定期券のなくなった身には、交通費が重いです。
ボランティアを積極的にしていこうとする人々はどこかで、また別の生き甲斐をさぐれるかもしれません。
しかし皆がみなというワケではないのです。
結局のところ、在籍していた会社に再び世話になるという構図が多くみられるようになりました。
しかし当然のことながら、地位も給料も以前とは比べものになりません。
それでもいいと納得した人だけに許されたのが再就職の日々だったのです。
後期高齢者まっしぐら
しかしそれも後期高齢者になろうとする現在、打ち止めです。
健康な心と肉体、そして社会との絆が定年後のキーワードであるといいます。
ビートルズを聴き、Gパンをはき、さらには全共闘運動にも参加した世代です。
長い会社勤めで牙を抜かれてしまったのかもしれませんが、しかし残滓はあるとみるべきでしょう。
是非さまざまなところで手本をみせて欲しいものです
それが後から続く世代への最大の贈り物ではないでしょうか。
海外移住も面白いし、自分史執筆もいいです。
しかしどこかで社会との接点を持ちつつ生きるという方向を探ってもらいたいものです。
後に続く世代としては、その背中を見てまた学ぶところが大きいのです。
頑張れば必ずよくなると信じることのできた幸福な世代の人たちです。
生まれた時から、なにもかもが揃っていた今の世代とは全く違う心性を抱いているに違いありません。
その彼らが地域に戻って、あるいは別の場所で何をしていくのかを見守りたいですね。
金銭感覚にも学べるところがあれば、大いに学びたいのです。
かつてのバブルの主役も彼らでした。
そして日本の屋台骨を支えてきたのも彼らです。
そうした意味で後の世代に対する責任は重いのです。
国債の残高が990兆円になったこの時代に、団塊の世代は何を残せるのでしょうか。
年金をそれなりにもらえている人はまだ幸せです。
しかし国民年金だけの人たちは、どうにもなりません。
とても暮らしがたつような金額ではないからです。
団塊の世代と一口に言っても、その中身は千差万別です。
この国のご意見番として、躊躇うことなく語るべきは語ってもらいたいですね。
破産への道を辿るのだけはご免です。
最後までお読みいただきありがとうございました。