【恋の歌を詠む・俵万智】与謝野晶子の遺稿集にあふれる鉄幹への慕情

恋の歌を詠む

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は短歌を読んでみましょう。

高校では代表的な歌を味わいます。

もちろん、『万葉集』から『古今和歌集』まで一通り勉強します。

その後、近代短歌に入っていくのです。

自然な流れがあると、理解しやすいですからね。

そのための代表的な文章が、この俵万智のエッセイです。

ここでは百人一首の歌に始まり、やがて与謝野晶子の『みだれ髪』に到達します。

しかし彼女の筆はそこで止まりません。

夫である与謝野鉄幹を失ったあとに晶子の遺歌集『白桜集』が編まれます。

その中の歌について書き込んでいるのです。

その部分をここに掲載しましょう。

読んでみてください。

本文

近代短歌で恋の歌というと、やはりまず思い起こされるのは与謝野晶子だろう。

若き日の鉄幹との激しい恋は第一歌集『みだれ髪』にあますところなく表現されている。

が、ここでは、最初の歌集ではなく最後の歌集の歌をとりあげたい。

平野万里によって編集された晶子の遺歌集『白桜集』である。

鉄幹を亡くした後の心情を歌った作品が数多く収められており、私は『みだれ髪』の作品群よりも、こちらの方に心が惹かれる。

鉄幹は二人が結ばれた頃が最盛期で後は世間的には不遇の時代が続いた。

客観的に見れば、妻の晶子の方が、よっぽど活躍している。

現代のキャリアウーマンだったら、離婚してしまうのではないだろうか、とさえ思われる状況だ。

しかし二人は5男6女もうけ、結婚後30年以上(多少の波乱はあったものの)うまくやってきた。

そして鉄幹の死を詠んだ晶子の歌を読むと、ほとんどが挽歌というよりは、恋の歌なのである。

このことにまず、感動させられる。

六十歳近くになってなお、晶子は鉄幹に惚れているのだ。

青空のもとに楓の広がりて君亡き夏の初まれるかな

君がいなくなっても、去年と同じように夏がやってくる。

もちろん来年もまた同じように。

季節は、君がいないことなど、まるで気がつかないように繰り返すつもりなのだろう。

けれど私にとってそれは、ただの夏ではない。

これからは永遠に「君亡き」という限定つきの夏なのだ。

この歌を読んでいると、夏は一つの具体例に過ぎないのだ、と思われる。

晶子にとっては、君亡き春、君亡き夏、君亡き秋、君亡き冬が淡々とめぐり、君亡き一年が終わる。

それは君亡き今日、君亡き今の積み重ねなのだ、とも言えるだろう。

封筒を開けば君の歩み寄るけはひ覚ゆるいにしへの文

かつて鉄幹からもらった恋文だろう。

懐かしいその封筒を開くとき、ふと彼が歩み寄る気配を思い出す。

みだれ髪

与謝野晶子といえば、誰もが『みだれ髪』をあげますね。

当然でしょう。

これだけ熱情的な歌を続けて詠んだ人はいません。

すごいエネルギーだとただ感心するばかりです。

日本の詩人の伝統をそのまま受け継いでいます。

古代からの清新さ、情熱につきるのではないでしょうか。

『万葉集』の明るさも持っています。

特にその中でも額田王の歌の気分に近いですね。

かなり意識していたものと思われます。

ことに大海人皇子が蒲生野で狩りをしたときに、彼女が詠んだ歌は有名です。

あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る

これに対して、大海人皇子は歌を返します。

紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも

実に奔放な愛情の表現です。

この感覚がそのまま『みだれ髪』の中にも表現されています。

やは肌のあつき血潮にふれも見でさびしからずや道を説く君

なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな

この2つの歌には、若い日の熱があふれていますね。

特に最初の歌は多くの人の目に触れていると思います。

その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな

清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき

この歌も彼女の代表作です。

生きているというだけで誇らしい自分の姿をそのまま肯定しているのです。

桜月夜の中を歩いている人はみんな美しいという感覚は、まさに青春の1ページです。

この勢いが和泉式部の歌などとあわせて鑑賞すると、なおいっそう引き立ちます。

物思へば沢の蛍も我が身よりあくがれ出づるたまかとぞ見る

物思いをしていると、沢を飛び交っている蛍も、自分の身から離れ、さまよい出た魂ではないかと見えるという意味です。

男性に忘れられた頃、貴船神社を参詣し川に飛ぶ蛍を見て詠んだとあります。

どこまでも自然に激しく自分の感情を歌う気分にふさわしいですね。

遺歌集『白桜集』

俵万智の文章はむしろ、『白桜集』について語っているところがいいですね。

余韻があり、文章が息づいています。

恋に夢中の時代が終わり、やがて伴侶であった与謝野鉄幹が亡くなります。

その後に詠むのは通常、鎮魂歌になります。

しかしここで、晶子は魂を鎮めるなどということをしていません。

むしろ歌人としての魂は、ここから燃えたといってもいいのではないでしょうか。

今読むと、こちらの歌の方に深さと余韻を感じます。

最愛の人に先立たれ、さびしく、悲しい歌ばかりです。

しかしそこに澄んだ人生の年輪を感じます。

最初の歌集とは約40年の歳月を隔てています。

この間に彼女がみてきたものが、歌の中に込められているのです。

どのような歌があるのでしょうか。

『白桜集』は1942年に公刊されました。

与謝野晶子、65歳の時の作品集です。

どの歌も鉄幹に対する慕情に満ちています。

鎌倉の除夜の鐘をば生きて聞き死にて君聞く五月雨の鐘

我れのみが長生の湯にひたりつつ死なで無限の悲しみをする

君知らで終りぬかかる悲しみもかかる涙もかかる寒さも

多磨の野の幽室に君横たはりわれは信濃を悲しみて行く

伊豆の海君を忍ばず我れもなき千年のちを思ふ夕ぐれ

初めより命と云へる悩ましきものを持たざる霧の消え行く

木の間なる染井吉野の白ほどのはかなき命抱く春かな

どの歌も寂しさを感じさせますね。

この中でどれが好きかと言われたら、「伊豆の海」の歌をあげます。

「君を忍ばず我れもなき」という言葉の悲しさ。

さらに千年のちを思えば、そこには夕暮れの景色だけが見えるのです。

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人の一生の持つ意味をしみじみと味わってみてください。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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