【されど将棋】吹けば飛ぶような駒に託す勝負師たちのこころの絵地図

ノート

羽生の直感

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今日は全く門外漢の将棋のことを書きます。

元よりなんにも知りません。

かろうじて知っているのはルールだけです。

完璧な門外漢です。

テレビの将棋番組などを見てもなんのことかわかりません。

しかし将棋をする勝負師の絵姿は好きです。

なぜでしょうか。

以前勤めていた学校近くのお蕎麦屋さんで、森内俊之九段をよく見かけましたね。

精悍な風貌をした大きな人でした。

しばらく前までは棋士、羽生義治の話題が中心だったようです。

他にも何人か強い人はいましたが、なんといっても彼が頭1つ抜けていたのです。

永世竜王、十九世名人、永世王位、名誉王座、永世棋王、永世王将、永世棋聖の資格保持者だと言われれば、付け足す言葉もありません。

国民栄誉賞受賞者でもあるのです。

すごいですね。

どういう脳みその構造をしているのか。

本当にあやかりたいものです。

アマチュアが驚くのは、同時に何人もの人と将棋をさして負けないことです。

一瞬で盤の先の先が見えるんでしょうね。

すぐに駒を動かしてしまいます。

才能としか言えないレベルのものです。

その上驚かされるのは、対局が終わった直後に全ての棋譜を最初から検討しなおせることです。

負けましたといって頭を下げる時の姿も見事です。

素人の悲しさか、どこに駒を置いたのかなどすぐに忘れてしまいます。 

小さな頃から師匠について学び続けるです。

千駄ヶ谷の将棋会館へいくと、ものすごい人数の人が対局をしています。

あの中から将来のプロが生まれるんでしょう。

すごい熱気です。

1度覗いてみる価値があります。

藤井時代

2016年に史上最年少(14歳2か月)で四段に昇段しました。

つまりプロ入りを果たしたのです。

その後無敗で公式戦最多連勝記録(29連勝)を樹立しました。

毎日のように彼の記事がメディアに載りました。

こんな若者がいるんだというのがその時の感想です。

しかし本当の活躍はそこからでしたね。

史上初の10代で九段に昇格し、三冠など多くの最年少記録を更新し続けています。

人気もうなぎのぼりで怖ろしい人です。

あんなに早く昇りつめてしまうと、先がつらいだろうなとついつまらないことを考えてしまいます。

現在は王位・叡王・棋聖のタイトルを持っています。

geralt / Pixabay

いずれ名人戦に挑む時が出てくるんでしょうね。

ぼそぼそと話す喋り方もユニークです。

かなりの読書家だそうで、使う言葉のボキャブラリーも高校生離れをしていました。

今後の活躍を見続けていきたいと思います。

ぼくは勝負師の書いた本を読むのが好きです。

ことに将棋の世界の人の書くものは、孤独に裏打ちされた言葉が多いような気がします。

信じられるものは自分だけです。

勝つか負けるかです。

子供の頃から強いと言われても最悪奨励会どまりでプロになれない人もいます。

勝負師になる道は狭くて厳しいものです。

最近はAIを使ったパソコンでの研究が盛んです。

何といっても過去の棋譜を覚えるのはAIの最も得意とするところなのです。

棋士の世界

彼らの話す内容には独特の味がありますね。

大山康晴、升田幸三など、かつての名人の風貌に接しただけで、つい興味をひかれてしまいます。

先日来、米長邦雄の本を読んでいました。

50才を目前にしてついに名人位を射止めた棋士です。

彼の人生相談などをラジオで聴いたことがありますか。

いつも実にユニークな回答をしていました。

将棋もこれくらいのレベルまでくると、もう力の差はほとんどないのです。

あとは気力の勝負です。

つまり若くなければ勝てません。

中原誠に勝ち、ついにタイトルをとるまで彼は7回も名人位に挑戦しました。

その気力の源泉はどこにあったのか。

米長は言います。

「勝利の女神は謙虚と笑いの中にある」と。

とにかく明るくなくてはいけないのだそうです。

それに馬鹿でなくてはいけない。

大成の条件はプライドがあって謙虚なことだとか。

つねに大局にたてること。

広い視野でものをみられない人間は、所詮それまでだということのようです。

強い棋士になる条件は目が澄んでいることです。

羽生善治の目はいつもきれいです。

少しでも濁れば、すぐに負けてしまいます。

迷いが目に出るんでしょうね。

米長は言います。

将棋に勝因はないのだと。

あるのは全て敗因だけだそうです。

必ず負けた方に原因があると説いています。

勝負師

脳が汗をかくぐらいまで考えなければ、勝負には勝てないという話を聞いたこともあります。

笑える時は笑え、いずれ泣く時がくると升田幸三はよく言っていたらしいです。

勝つことは大切だが、勝つことで不幸になるという人生もあると、源義経を例に出して語ってもいます。

運も実力、不運も実力の世界です。

人生の全てを読み切っている人の話しばかりです。

すべての棋譜が頭の中に入っている棋士達にとって、次の手を打つということは、大海原へたった一人で舟を漕ぎ出すようなものです。

だれも助けてはくれません。

本当に孤独な作業なのです。

だからこそ、彼らの言行はいつも光ってみえます。

運、鈍、根という言葉を米長邦雄はよく使いました。

特に難しいのは「鈍」だそうです。

鈍物になるということは、並大抵の人間にはできません。

人はつい輝こうとします。

そのほうが恰好もいいし、見栄もはれます。

しかしそれでは長くは続かないのです。

出る杭はうたれる。

そこが一番難しいところです。

勝利の女神に会いたかったら、いつも明るくいること。

不平をいえば、女神は去るのです。

彼らがいやすいようにするために、家内も円満でなければなりません。

異性間の揉め事を起こした棋士はだいたい消えていきます。

どんな優勢になっても安全策をとってはなりません。

消化試合こそが命がけだという一つ一つの言葉が、説得力を持ちます。

勝敗の鍵は心にあります。

平静であること。

まさに明鏡止水の状態でなければ、絶対に勝てないのが将棋なのだそうです。

「聞こえて聞こえない、見えて見えない」という心境になること。それが最高位に近づく唯一の方法なのです。

凡人とは全く違う世界に生きた人だけが名人位につける所以でしょうか。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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