村上春樹・とんがり焼きの盛衰の授業をしたけれど100%謎

教科書に載っている小説

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師のすい喬です。

今までにどれくらいの生徒を教えてきたのか。

勘定できません。

1年間に200人として8000人。

もっと教えた年もありますから、ざっと1万人というところでしょうか。

すごく楽しかったです。

とにかくいろんな生徒がいました。

国語という教科は割合に自由な教材もありますから、あちらこちらに脱線してしまうこともあります。

卒業生にあうと、肝心の授業はちっとも覚えてないのに、余計な話をした時のことを覚えていたりして、びっくりします。

Wokandapix / Pixabay

そんなこと、話したのかなあというようなことの方が記憶に残っているんですね。

人間というのは、実に不思議なもんです。

40年の間には科目の名前も変わりました。

授業の種類もいろいろと変化しました。

しかし基本的には現代文と古文、漢文という3つのセットです。

古文、漢文はほとんど同じでした。

しかし現代文の教材は随分と動きましたね。

『羅生門』『山月記』「こころ』『舞姫』などという長い小説は必ずどこの教科書会社の本にも載っています。

まさに定番中の定番。

これを載せないと、絶対採択してくれません。

会社によっては『藤野先生』『檸檬』『セメント樽の中の手紙』『空き缶』なども載せています。

こうした基本の作品の間に、新しい作品を入れていくというのが、普通の流れでしょうか。

いったいどれほどの小説を読んだのか、それも見当がつきません。

村上春樹の小説

ぼくと同世代の作家です。

略歴だけ簡単に。

1979年『風の歌を聴け』群像新人文学賞受賞
代表作『ノルウェイの森』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』。
2006年、フランツ・カフカ賞受賞

一番最初の作品から、ほとんど全部読んでいます。

最近では小説家としての自分の横顔をかなりストレートに書いたエッセイが気になりました。

世界中のどこの本屋に行っても、この人の本の翻訳書は平積みになっています。

世界中の人に読まれている稀有な作家ですね。

むしろ日本以外での評価の方が高いような気もします。

その一番の理由は、無機質だということです。

どこの国のどこの街で起こる話としても通用します。

登場する人物、背景、調度にいたるまで地域性がありません。

rawpixel / Pixabay

これは自分の話だと思わせる不思議な魅力に満ちています。

アジアでもヨーロッパでもアメリカでも人気の理由がそこにあるのではないでしょうか。

一番読まれたのは『ノルウェイの森』です。

ぼくも随分生徒に勧めました。

どちらかというと、早熟な女子が好みましたね。

性的な描写や、精神を病んだ登場人物に同化できるのは、いわゆる難しいタイプの生徒でした。

男子にはむしろ短編を勧めた記憶があります。

『象の消滅』『カンガルー日和』など。

いずれにしても少し背伸びした感覚の持ち主でなければ、理解できないタイプの本です。

教科書のハルキ本

最初はまったく扱っていなかった彼の小説が載り始めたのはいつのことだったでしょうか。

一番最初に読んだのは『鏡』です。

これは今でも掲載されています。

かなり多くの会社が所収しました。

1983年に出版された短編集『カンガルー日和』の中に載っています。

アルバイトで学校の警備をしているぼくがある日、廊下の隅にあった大きな鏡を発見するという話です。

そこにあるはずのない鏡に映っていたぼくは、自分じゃないぼくとして記録されます。

音が聞こえた。 煙草を三回くらいふかしたあとで、 急に奇妙なことに気づいた。
つまり、鏡の中の像は僕じゃないんだ。
いや、 外見はすっかり僕なんだよ。
それは間違いないんだ。
でも、それは絶対に僕じゃないんだ。
僕にはそれが本能的にわかったんだ。
いや、違うな、正確に言えばそれはもちろん僕なんだ。
でもそれは僕以外の僕なんだ。
それは僕がそうあるべきではない形での僕なんだ。
うまく言えないね。
この感じを他人に言葉で説明するのはすごく難しいよ。
でもその時ただひとつ僕に理解できたことは、相手が心の底から僕を憎んでいるってことだった。
まるでまっ暗な海に浮かんだ固い氷山のような憎しみだった。
誰にも癒すことのできない憎しみだった。
僕にはそれだけを理解することができた。

この部分が小説の山場です。

ポイントは次の4つ。

鏡に映った「僕以外の僕」とは結局のところ何者なのか
その鏡に映った「僕以外の僕」が「心の底から僕を憎んでいる」のはなぜか
鏡は本当に存在したのか
ぼくの家に鏡が一枚もないのはなぜか

この論点にそって授業をしていけば、それほどにテーマを間違えることはありません。

高校生になると、アイデンティティの喪失に悩みます。

自分が自分であることをどうやって証明すればいいのか。

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ある意味で自己嫌悪に陥りやすい時期なのです。

だからこの鏡にうつる自分を嫌がる気分というのが、生徒にはよくわかるようです。

それ以上に少しミステリーの要素があるので、夜の学校の雰囲気を想像し、生徒は先を読もうとします。

それにあわせて、4つの視点をからめていけば、それほどに難しい教材ではありません。

会話はまさにハルキ式です。

日常の言葉をふんだんに取り入れてごく自然に進みます。

だから授業もしやすいし、生徒も好感をもってくれます。

ここからじゃあ、もっと長いのも読んでみようかとなるわけです。

元々、村上春樹の小説は中学校の方が先に取り入れました。

彼の持っている童話的な資質が、若い世代を対象にした国語の教材として受け入れられやすかったのでしょう。

しかしオブラートにくるまってはいるものの、その表現にはかなり過激なものがあります。

それに気づき始めた頃から中学校より高校へという流れになってきました。

そのとば口にいたのがこの『鏡』なのです。

これならやれるとみた編集人たちは別の作品を物色し始めました。

とんがり焼きの盛衰

この小説を読んだのは今から何年前ですかね。

実はこれも『カンガルー日和』の中に入っています。

ぶっとびました。

何を言ってるのかよくわかんない。

元々、この作家の作品にはメタファーが多いのです。

わかりますか。

暗喩です。

直接の比喩ではなく、比喩の一種でありながら、比喩であることを明示する形式ではないものを指します。

簡単にいえば「~のような」などという表現はいっさい出てきません。

何かを喩えているのはわかるものの、それがなんであるのかは最後まで明らかにされないのです。

これを教えるのか。

ああ、困った。

教科書と一緒に買う教師用の解説書なんか読んでも、よくわかりません。

ほんとに小説の意味がわかって書いてるのかな。

かなり疑問でした。

だいたいなんというタイトルだ。

あほらし。

とんがり焼きってなんなんのよ。

この頃から面白いのと、わけわかんないので頭の中はチンプンカンプン。

ストーリーはそんなに難しくはありません。

新聞の隅の方に載っていた「名菓とんがり焼・新製品募集・大説明会」という広告を見て、僕はホテルの広間で催された「大説明会」に足を運んでみることにします。

会場で隣に座った女の子にとんがり焼を食べた感想を言いかけた途端、僕は女の子に足を蹴飛ばされるのです。

「あなたってバカねえ。ここに来てとんがり焼の悪口なんか言ったら、とんがり鴉(がらす)につかまって生きては帰れないんだから」

社長と専務の説明を聞いたあと、帰りに募集要項をもらいます。

とんがり焼をベースにしたお菓子を使って1ヶ月後に持参すること、賞金は200万円、とそこにはありました。

締め切りの日に僕は新とんがり焼を2ダース作って、とんがり製菓の受付に持参することにします。

その1ヶ月後、とんがり製菓から明日会社においで願いたいという電話がかかってくるのです。

クライマックスはそのとんがり製菓にでかけるところです。

とんがり鴉のいる部屋につれていかれ、新しく作ったとんがり焼きをばらまいて、食べてもらうシーンです。

それは実に見苦しい息もつまるように凄惨な場面なのです。

ある鴉はそれを食べ、ある鴉はそれを吐き出し、他の鴉ののど笛に食いつくと腹を裂いたりします。

とんがり焼きと非とんがり焼きの生存をかけた戦いが繰り広げられるのです。

なんだ、こりや。

どうやって説明するの。

授業なんかできないよ。

悩みましたね。

今でも思い出すと寒気がします。

この暗喩はなんなんでしょう。

geralt / Pixabay

村上春樹は短編集『めくらやなぎと眠る女』(2009年11月)のまえがきにこう書いています。

『とんがり焼の盛衰』は、一見してわかるように、小説家としてデビューしたときに、文壇に対して抱いた印象をそのまま寓話化したものである」と述べています。

しかしそんなことを生徒に説明してわかるのかな。

文壇なんてまだあるの。

芥川賞もくれなかったし、頭にきてたのかな。

小さなこと、気にする人にはみえないけど…。

文壇の内部事情をただ小説に書いただけなのか。

ノーベル賞の話も遠いみたいだし…。

いろんなこと考えました。

その結果、今でもこの小説はぼくにとって100%謎のままです。

面白い妙ちくりんな小説ではありますけどね。

国語の教科書には、このような不思議な小説も載っているという本当の話です。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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