人気演目の一つ
みなさん、こんにちは。
アマチュア落語家、ブロガーのすい喬です。
昨年NHKで放送された「昭和元禄落語心中」をご覧になった方も多いと思います。
雲田はる子さん原作の漫画で、2010年から2016年まで続いたという人気作品です。
ちなみにこの作品は講談社漫画賞、手塚治虫文化賞新生賞をそれぞれ受賞しています。
その後2014年にテレビアニメ化され、さらに2018年、NHKで放送されました。
主演は岡田将生さん演じる落語家、八代目有楽亭八雲。
昭和最後の大名人と呼ばれ、独特の味わいを持った人気落語家という設定です。
あの死神だよといって現れるシーンを覚えていますよね。
なんとも不気味そのものでした。
タイトルを聞いただけでも怖そうな噺ですね。
実は、ぼくが今から10年ほど前にはじめてお客さんの前で演じたのが、この落語だったのです。
なんという無鉄砲。
怖れを知らぬというのはまさにこのことです
あの後、まさか本格的に噺の稽古を始めるなんて、あの頃は考えてもいませんでした。
それだけに懐かしいだけでなく、今でも思い入れがたくさんあります。
今年の夏も、とある落語会でかけました。
最後は突然照明を消して…。
原作はグリム童話
死神は今日こそ古典落語の演目の一つですが、実はそれほどに古い噺ではないのです。
原作はグリム童話の第2版に収載された『死神の名付け親』です。
それだけでもかなりの驚きですね。
まさかあの童話集の中にこんな話があったとは…。
これはグリム兄弟がドイツ中を歩き回って、古くから語り継がれてきた話を集めた物語集なのです。
いろいろな話がありますね。
その中の一つがこの死神なのです。
それがまたどうして落語になったのか。
これも不思議な話です。
それには様々なワケがあります。
この噺の作者、名人三遊亭圓朝は当時の知識人や思想家と親しかったと言われています。
いわゆる落語家の範疇を越えて、文化人としての立ち位置を占めてもいたのです。
そのことを少しまとめてみました。
リンクを貼って起きます。
圓朝に関する記事を読んでみてください。
実は当時のジャーナリスト、福地桜痴が彼にこんな話があるよと紹介してくれたのが、この童話だったのです。
聞いた瞬間、これは面白い噺になると直感したのは、まさに圓朝の落語家魂そのものだったのかもしれません。
さっそく翻案にかかります。
どんな噺にすれば、客に喜ばれるだろうか。
圓朝は当時、怪談噺を次々と創作。
怪談牡丹灯籠、怪談乳房榎、真景累ヶ淵などです。
近年では三遊亭円生、林家正蔵、桂歌丸などが得意にしていました。
死神のあらすじ
金で首が回らなくなった男。
金策に駆けまわっても貸してくれる人はいません。
女房にも「あんたなんか豆腐の角に頭をぶつけて死んじまいな」とののしられます。
こうなったら本当に死んでやるぞ。
川に身を投げるかな。
でも子供の頃に井戸に落っこちて苦しい思いをしたからな。
しばらく歩くと、大きな枝振りの木があります。
そうだ、首を吊って死のう。
でも、首の吊り方なんて知らないし…。
「教えてやろうか」
不気味な声が木の後ろから聞こえてきました。
ひどく痩せて着物ははだけ、あばら骨が浮き出ている、80歳をとうに過ぎたような老人が佇んでいます。
死神だよ、死神だ。
そうか。おめえがいたから死のうなんて気になったんだな。
あっちへ行けよ
まあ、そう邪険にするな。
安心しろ、お前はまだ死ぬ運命にない。
人間には寿命というのがあってな、それが残っているうちは死にたくても死ねねえんだ。
おめえ、だいぶ暮らしに困っているようだな。
余計なお世話だよ。
どうだ医者やらねえか、医者。
医者はもうかるぞ。
死神がもうけ話をしてくれます。
長患いしている病人には、人の目には見えないが死神がついている。
死神が枕元にいれば病人は助からない。
足元にいる場合は死神を退散させることができる。
特別な呪文
特別な呪文を唱えればな。
なんだそれは。
いいか、よく聞け。一度だけしか言わねえぞ。
アジャラカモクレン…キューライス…テケレッツのパ…。
あれ、死神さん。
そうか、こりゃいいことを聞いた。
家に帰って適当な表札を作り、待っていると患者がやって来ます。
やってきたのは大商人の手代の男。
行ってみると死神は運よく足元にいます。
さっそく呪文を唱えると死神は消えて見事に患者は全快します。
あとは口コミのみ。
一躍引っ張りだこです。
女房とは縁を切り、新しい女を作って京、大坂の見物旅行へ。
しかし旅はお金のかかるもの。
再び江戸へ戻って、医者を始めてはみたものの……。
なかなかうまく患者がきません。
そこへある金持ちの商人から依頼がありました。
ところが行ってみると死神は枕もとに。
しかしお礼の大金につい目がくらんで。
病人の布団の四隅に店の若い衆4人を配置。
明け方、死神がうとうとしている隙を狙って布団を180度回転させます。
死神が足元きたところですかさず、いつもの呪文を。
これにはさすがの死神も退散。
大金を手にして一杯のみ上機嫌で歩く帰り道……。
あの死神に出会うのです。
おめえ、なんてことしてくれたんだ。
よりによってこのおれをあんな目にあわせるとは。
おれと一緒にこい、と言って連れて行ったのは、地下の洞窟のようなところです。
無数のろうそくが灯っています。
ここに、ずいぶんと短いのがありますね。
よく見つけたな。これはおまえのだよ。
金に目がくらんで、あの病人の寿命とかえたんだ。
な、なんとかしてくださいよ。
しょうがねえ男だなあ。
もう怖じ気づいたのか。
死神はそう言って燃え残りのろうそくを渡します。
ろうそくを足して火をうつしかえることが出来れば、それがお前の新しい寿命になるぞ。
そのかわり失敗して消えたら死ぬんだ。
ほら、はやくしないと、消えるぞ。
手が震えてしまってなかなかうまくいきません。
ほら。
ほうら、消えた。
オチにはいろいろなパターンが……。
ぼくは小三治のオチをお借りしていますが、いろんな新しいのを噺家は考案してます。
それを聞くだけでも楽しいですね。
さてこの噺の怖さはどこにあるのか。
それはいつも3人称で語られていた「死」がある瞬間から、突然1人称の「死」に転換するところです。
難しく言うと、最後の数分間に「死」が逆転するのです。
そこがさりげなく、それでいて周到に用意されています。
この落語が他のものと違う味わいをもっているところはそこにあります。
何度高座でやっても、いつも新鮮に感じられる本当の名作だなと思います。
今回も最後までおつきあいくださり、ありがとうございました。