「方丈記・閑居の気味」仮の庵もやがてふるさとになるという鴨長明の生き方

閑居の気味

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は久しぶりに『方丈記』を読みましょう。

方丈というのは一丈四方の家という意味です。

一丈は約3メートル。

つまりわずか10平米足らずの部屋ということになりますね。

わかりやすい広さのイメージとしては4畳半というところでしょうか。

実はこの庵をモデルにした建物が京都の下鴨神社にあります。

糺(ただす)の森と呼ばれる場所に彼が晩年を過ごした「方丈庵」が復元されているのです。

ここは世界遺産としても登録されています。

縄文時代から生き続けてきたという原生林で、由緒ある貴重なところです

チャンスがあったら是非訪れてみてください。

大変に静かなところです。

復元された庵も、あんまり小さくて粗末なので驚くことと思います。

下鴨神社という社の名前に「鴨」の文字がありますね。

鴨長明は、下鴨神社の神官の家に生まれたのです。

父の後を継ぐことを望んでいました。

ところが一族内の争いなどに巻き込まれ、その夢が叶わなかったのです。

結局、神官への道を閉ざされてしまいました。

とてもつらかったに違いありません。

それ以上に悔しかったはずです。

そこで長明は、出家することにしました。

歌の世界へ自分の魂を投げ込む覚悟を決めたのです。

この庵のことについて述べた『方丈記』の文章を少し読みましょう。

本文

おほかたこの所に住みはじめし時はあからさまと思ひしかども、今すでに五年を経たり。

仮の庵もややふるさととなりて、軒に朽葉ふかく、土居に苔むせり。

おのづからことのたよりに都を聞けば、この山にこもりいて後、やむごとなき人のかくれ給へるもあまた聞こゆ。

ましてその数ならぬたぐひ、尽してこれを知るべからず。

たびたびの炎上にほろびたる家またいくそばくぞ。

ただ仮の庵のみのどけくしておそれなし。

ほど狭しといへども、夜臥す床あり、昼ゐる座あり。

一身を宿すに不足なし。

寄居(かんな)は小さき貝を好む。

これ事知れるによりてなり。

みさごは荒磯にいる。

すなはち人をおそるるがゆえなり。

われまたかくのごとし。

事を知り、世を知れれば、願はず、わしらず、ただ静かなるを望みとし、憂へ無きを楽しみとす。

すべて世の人の栖(すみか)を作るならひ、必ずしも事のためにせず。

あるいは妻子眷属のために作り、或は親昵、朋友のために作る。

或は主君師匠および財宝、牛馬のためにさへこれを作る。

われ今身のためにむすべり。

人のために作らず。

ゆえいかんとなれば、今の世のならひ、この身のありさま、ともなふべき人もなく、頼むべき奴もなし。

たとひ、ひろく作れりとも、誰を宿し、誰をか据えん。

それ、人の友とあるものは富めるをたふとみ、ねむごろなるを先とす。

必ずしもなさけあると、すなほなるとをば愛せず。

ただ糸竹花月(しちくかげつ)を友とせんにはしかじ。

現代語訳

おおよそこの場所に住み始めたころは、一時的な住まいだと思っておりました。

しかし、もう五年が過ぎてしまったのです。

仮の庵も、いつしか故郷のように感じられるようになり、軒には落ち葉が深く積もり、土手には苔が生えています。

たまたま何かの機会に都の様子を聞くと、この山にこもってからの間にも、身分の高い人が亡くなったという話をたくさん耳にするようになりました。

まして、それほど名の知られていない人々については、とても数えきれるものではありません。

たび重なる火災で焼けてしまった家が、一体どれほどあったことでしょうか。

それに比べると、私の粗末な庵だけは穏やかで、何も恐れることがないのです。

狭いとはいっても、夜には寝る床があり、昼に座る場所もあります。

一人の身を置くにはこれで十分です。

寄居蟹(やどかり)は小さな貝殻を好むといいます。

それは、自分の身のほどを知っているからなのです。

みさご(魚を捕る鳥)は荒れた磯に住みます。

それは、人を恐れるからなのです。

私もそれと同じです。

物事の道理を知り、この世のあり方を知っているので、あれこれと望むこともせず、執着もしないで、ただ静かに暮らすことを願い、心配のないことを楽しみとしています。

そもそも世の人が住まいを建てるのは、必ずしも自分一人のためではないのではないでしょうか。

ある人は妻や子ども、親族のために建て、ある人は親しい友人のために建てます。

また、主人や師匠、財産や牛馬のためにまで住まいを構えることもあります。

しかし私は、今は自分一人のためだけに庵を結びました。

他人のためではありません。

その理由は、今の世のあり方と自分の境遇を考えると、一緒に暮らすべき人もおらず、頼りにできる召使いもいないからなのです。

たとえ広い家を建てたとしても、誰を泊め、誰を座らせるというのでしょうか。

そもそも、人が友として付き合う相手は、富んでいる者を尊びます。

さらに親しくしてくれる者を優先するのです。

必ずしも、情け深い人や正直な人を愛するわけではありません。

それよりも、音楽(糸竹)、花、月といった自然や芸術を友とするほうが、はるかにいいに決まっています。

長明の生き方

彼の考え方には一貫性がありますね。

みごとなものです。

しかしそれらを短時間で身につけたとは思えません。

苦渋の日々があったはずです。

飢饉や火事の現場を自分の目で見て、実に詳しく描写しています。

歴史学の資料にもなっているくらいです。

歌や文学の世界でもいろいろな現実を見てきました。

自分の歌を勅撰集に載せてもらうために、多くの歌人たちが何をしてきたのかも、その目で確実にとらえたはずです。

それだけに人間の本質を芯から見抜こうとした冷徹な側面が見てとれます。

長明の生き方の根本は次のようなものです。

無常な世の中から距離を置くこと。

身の丈に合った暮らしをすること。

欲や人間関係への執着を捨てること。

自然や芸術を友として静かに生きること。

和漢混交文で書かれたこの随筆は、日本を代表する名作です。

日野山の閑居でまとめられた文章も、本にしてしまうと実に薄いです。

しかし内容は濃いですね。

鎌倉時代初期のこの作品から120年後、兼好法師の『徒然草』が生まれました。

現代の随筆として、後世に残るのは、いったい誰のどの作品なのでしょうか。

そんなことを考えてみるのも楽しいです。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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