子産の説得
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は中国の古典を取り上げます。
『春秋左氏伝』の筆者は左丘明(さきゅうめい)です。
孔子が魯の史官の記録した歴史を元に整理した『春秋』を元に説明した本です。
隠公元年から哀公14年に至る142年間の事実を、魯の国を中心に述べています。
春秋時代の鄭国の上卿、子皮(しひ)は、ある町の統治を同族の若者、尹何(いんか)に任せようとしました。
しかし時の宰相、子産はそれに反対し、子皮はその意見を認めて結局、計画を中止しました。
子産は中国春秋時代の鄭という国に仕えた名宰相です。
法治主義を重んじ、国内の混乱を収めて平和をもたらし、中国初の成文法を定めました。
賢明な政治家といえるでしょう。

孔子も高く評価した人物で、「天道遠く、人道近し」という言葉にその姿勢が表れています。
子皮の方針に反対する子産は比喩を使い、相手の立場に配慮しながら説得を続けました。
その方法は2段階で構成されています。
最初に、今の信頼を基にした姿勢のままで進むと、尹何という政治家をいずれダメにしてしまうという予測をしました。
次に自分がこの計画に反対しなければならない理由を理路整然と訴えました。
子産は次マように述べました。
①政治を担当しながら、政治を学んだという話は今までに聞いたことがない。
②この計画を先に進めれば、必ず多くの民衆に被害が生じる、と強く説いたのです。
子産は巧みに比喩を使いながら、わかりやすく上卿である子皮に訴えました。
本文
子皮、尹何をして邑を為めしめんと欲す。
子産これを聞き、子皮に謂ひて曰く、「尹何は少壮にして、未だ政を習はず。しかるに一邑を委ぬるは、民をもって試みに供するなり。
不可なり。
凡そ政は、国家の重事にして、民の命これに繋がれり。
軽々しく人に任ずべきにあらず」と。
子皮曰く、「尹何は我が家臣にして、常に忠信なり。我これを信じ、また愛す。故に邑を与へて、その才幹を観んと欲するなり」と。
子産曰く、「人を愛する所以は、これを利するに在り。未だ政を知らざる者に政を任ずるは、これを利するにあらず、乃ちこれを害するなり。
且つ、尹何一人のみならず、民またその害を受けん。
民は君子の試みの具にあらず。
もし真に尹何を愛せば、先づこれをして政を学ばしめ、法を知り、礼を明らかにし、上下の分を弁へしめよ。

然る後に、其の能を量りて任ずべし」と。
又曰く、「古より、官はその能によりて授け、禄はその功によりて与ふ。
故に国は治まり、民は安し。
もし私愛をもって官を授くれば、上下乱れ、政は廃れん」と。
子皮、子産の言を聞き、深くこれを然りとし、乃ち尹何をして邑を為めしめんとの議を止め、先づ学ばしむ。
国人これを聞き、皆曰く、「子産の言、実に政の本なり」と。
是によりて鄭の政、以て失ふことなし。
現代語訳
春秋時代の鄭という小国の有力な政治家である子皮は、家臣の尹何に一つの領地を治めさせようとしました。
これを聞いた部下の子産は子皮に進言しました。
「尹何はまだ若く、政治を学んだ経験もありません。それなのに一つの領地を任せるというのは、民を実験台にするようなものです。許されることではありません。
そもそも政治とは国家にとって最も重大な事柄であり、民の生活や命がそれにかかっているのです。軽々しく人に任せてよいものではありません。」
これに対して子皮は言いました。

「尹何は私の家臣で、ふだんから忠実で誠実な者だ。私は彼を信頼し、また可愛がってもいる。だからこそ領地を与えて、その才能がどれほどのものか見てみたいのだ。」
すると子産は言いました。
「人を大切に思うということは、その人の利益になることをしてやることです。まだ政治を知らない者に政治を任せるのは、その人のためになりません。
むしろ害することになるのです。そればかりか、害を受けるのは尹何一人ではなく、民もまた被害を被ります。
民は、為政者が試しに使ってよい存在ではありません。
もし本当に尹何を大切に思うなら、まず政治を学ばせ、法律を理解させ、礼を明らかにし、身分や役割の違いをわきまえさせてください。
そのうえで、その能力を見極めて任用すべきです。」
さらに子産は言いました。
「官職はその人の能力によって与え、俸禄は功績によって与えるべきものです。だからこそ国は治まり、民は安らかに暮らせるのです。
もし私情によって官職を与えれば、上下の秩序は乱れ、政治は衰えてしまうでしょう。」
子皮は子産の言葉を聞き、その道理を深く正しいと思いました。
そこで尹何に領地を治めさせようという話を取りやめ、まず学ばせることにしました。
これを聞いた人々は皆、「子産の言葉こそ、まことに政治の根本である」と口々に言いました。
こうして鄭の国の政治は、失敗することなく行われたのです。
能力主義
子産の論点は官職というものは「私的関係」ではなく「能力」で決めるべきだとする点です。
それに対して、子皮は尹何が「家臣」であり「忠信」であると信じていました。
自分が「面倒みている」という私的な理由で邑を任せようしたのです。
これに対し子産は、「いにしえより、官はその能によりて授け、禄はその功によりて与ふ」と述べ、官職は血縁・寵愛・信頼ではなく、能力と実績によって与えるべきだという原則を明確にしました。
これは世襲、縁故、私情による登用を否定する考え方であり、能力主義的人事観の典型とされています。
さらに子産は単に部下の昇進に反対するだけではなく、➀まず政治を学ばせる、②礼・法・上下の分を理解させる、③そのうえで能力を測って任用するべきだと述べています。
能力は事前に養成され、確認された上で用いられるべきものという考え方で、偶然や試行錯誤に任せない点が重要です。
彼は「試しにやらせてみる」という発想だけでは、あまりにリスクが高いとを論じています。
能力主義の核心と呼べるものでしょう。
子産は、「民をもって試みに供するなり」と述べました。
これは、未熟な人物を試すために民を犠牲にする政治を明確に否定しています。

民衆は為政者の実験材料ではない、という発想です。
君主中心ではなく民の立場を基準に政治を考える視点です。
政治は支配者のためにある」のではなく、民の安全と安定のためにあるという発想です。
その結果、国が安定し、繁栄すると信じました。
ここに示したことは、ある意味でごく自然なことです。
しかしそれを実際に実行することがいかに難しいのかは、歴史が証明しています。
理念と現実とは必ずしも一致するものではありません。
政治は多分に妥協の産物でもあります。
そこが一番、難しいところなのでしょう。
ぜひ、ご自身で深めてみてください。
歴史に学ぶ姿勢が大切なことは言うまでもありません。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
