秘すれば花
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
世阿弥元清は、日本の室町時代初期を代表する能楽師です。
父の観阿弥とともに当時猿楽と呼ばれていた能を大成し、多くの書を残しました。
観阿弥、世阿弥の能は観世流として現代に受け継がれています。
「秘すれば花」という言葉を聞いたことがあるでしようか。
『風姿花伝』という本には芸の道に進むべき人間の心得が、具体的に記されています。
能楽者はどの年齢にどのような稽古をするべきなのかということについて、多くの例をあげて説明しているのです。
この内容は能だけでなく、あらゆる芸能に通じますね。

芸道に携わる人たちが、別名『花伝書』を座右の書としている理由もよくわかります。
世阿弥が生まれたとき、父である観阿弥はまだ31歳でした。
観阿弥がひきいる一座は興福寺の庇護を受けていたものの、その地位を確かにするため、京都へ進出しました。
新熊野神社で催した演能に12歳の世阿弥が出演したとき、室町将軍足利義満の目にとまったのです。
それ以後、義満は観阿弥、世阿弥親子を庇護するようになりました。
貴族、武家社会の好む幽玄の気風が、彼の芸に最もあっていたに違いありません。
世阿弥は観客である彼らの好みに合わせ、言葉、所作、歌舞など幽玄の美を漂わせる能の形式をつくり上げました。
いわゆる「夢幻能」の呼ばれるものです。
世阿弥が言葉に残した「秘すれば花」という言葉には、多くの意味あいが込められています。
「花」とは「美しさ」と呼びかえてもいいのかもしれません。
自分の持てる力を全て外に表すのではなく、つねに一部隠しておくことで意外性を発揮し、それが観客を圧倒するという考え方です。
日本の芸能は道によくたとえられます。
「序破急」を学び続けることで、家から家へ芸を伝えるのです。
本文
能に得手得手とて、ことの外に劣りたる為手(シテ)も、一向き上手に勝りたる所あり。
これを上手のせぬは、かなはぬやらん。
とまた、すまじき事にてせぬやらん。
答。一切の事に、得手得手とて、生得得たる所あるものなり。
位は勝りたれども、これはかなはぬ事あり。
さりながら、これもただ、よきほどの上手の事にての料簡なり。
まことに能と工夫との極まりたらん上手は、などかいづれの向きをもせざらん。
されば、能と工夫とを極めたる為手、万人が中にも一人もなきゆゑなり。
なきとは、工夫はなくて、慢心あるゆゑなり。
そもそも、上手にも悪き所あり、下手にも良き所必ずあるものなり。
これを見る人もなし。
主も知らず。
上手は、名を頼み、達者に隠されて、悪しき所を知らず。
下手は、もとより工夫なければ、悪き所をも知らねば良き所のたまたまあるをもわきまへず。
されば、上手も下手も、たがひに人に尋ぬべし。
さりながら、能と工夫とを極めたらんは、これを知るべし。
いかなるをかしき為手なりとも、良き所ありと見ば、上手もこれを学ぶべし。
これ、第一の手立なり。

もし、よき所を見たりとも、我より下手をば似すまじきと思ふ情識あらば、その心に緊縛せられて、我が悪き所をも、いかさま知るまじきなり。
これすなはち、極めぬ心なるべし。
また、下手も、上手の悪き所もし見えば、「上手だにも悪き所あり。いはんや初心の我なれば、さこそ悪き所多かるらめ」と思ひて、
これを恐れて、人にも尋ね、工夫をいたさば、いよいよ稽古になりて、能は早く上がるべし。
もし、さはなくて、「我はあれ体に悪き所ををばすまじきものを」と慢心あらば、我が良き所をも、真実知らぬ為手なるべし。
良き所を知らねば、悪き所をも良しと思ふなり。
さるほどに、年は行けども、能は上がらぬなり。
これすなはち、下手の心なり。
かやうに我が身を知る、されば、上手にだにも、上慢あらば能は下がるべし。
いはんやかなはぬ上慢をや。
よくよく公案して思へ。
「上手は下手の手本、下手は上手の手本なり」と工夫すべし。
下手の良き所を取りて、上手の物数に入るる事、無上至極の理なり。
人の悪き所を見るだにも、我が手本なり。
いはんや良き所をや。
「稽古は強かれ、情識はなかれ」とは、これなるべし。
現代語訳
能の世界では演技のうまさが話題になりますが、意外なことに演技が下手な役者でも、時には演技のうまい役者に勝つことがあります。
どこの世界にも生まれつき特殊な才能を持っている人がいるものです。
いくら演技が達者な者でも、生まれ持った演技能力にはやはり勝てません。
芸が達者だと思われていたほど、実はそれほどではなかったということなのです。
本当の名人なら、相手がどんな役者でも互角に演じるものです。
しかし、そのようにして演技に創意工夫をやりつくした役者は万人に一人もいません。
なぜなら、たいていの役者は工夫もせずに演技ができるとうぬぼれているからなのです。
そもそも、うまい人にも短所はあり、下手な人にも長所はあるものです。
ところがそのようなことがあるという見識をもった人はいません。
また、本人自身も気付いていないのです。
演技がうまいと言われる人はその評判にのせられて自分自身の欠点に気づこうとしません。
また下手な人は自分自身の欠点にも気づいていないのです。
もちろん、自分自身の長所もわかっていません。
本来、うまい人も下手な人も互いに批評し合わねばならないものです。
能の演技に創意工夫をしようとするなら、このことを知っておく必要があります
自分より格下だと思われる役者に少しでもいいところがあったならば、演技が上手な人もそこから学ぶべきです。
これが技術を高める一番の方法なのです。
他人の長所を見つけても、自分よりも下手な人から学ぶことはないと考えるなら、その考えに束縛されて自分自身の欠点を知ることはできません。

このような考え方では芸が向上しないものなのです。
また、演技が下手であっても、演技の上手な人の中に欠点を見つけたなら、「上手だと言われている人でも欠点があるのだから、ましてそのことを気づいた修行中の自分にはもっと欠点があるだろう。」と考えるべきです。
人に教えを乞い、研究をかさね、演技の練習に入れば、能は早く上達します。
しかし、反対に「自分にはあのような欠点はない。」と慢心すれば自分自身の長所さえ全くわからない役者になってしまいます。
自分の長所を知らなかったら、自分自身の欠点も長所と思いこんでしまうのです。
それでは、いくら時間をかけても技術は上達しません。
これが下手な人が上達しない理由なのです。
だから、上達しても慢心すれば芸は低下していきます。
日々、深く深く創意工夫を重ねることです。
「上手な人は下手な人の手本となり、下手は上手の手本とするべきなのです」。
下手な人のいいところをを取り入れ、上手な人の長所に加えることは当然のことです。
他人の欠点を見ても、それが自分の参考になります。
まして、他人の長所を見ればなおのことです。
「芸の研鑽は熱心に、誤った慢心をしないように」ということが肝心なのです。
世阿弥の教え
人にはそれぞれ「得手」があるということを認めたところから、世阿弥は話を始めます。
どんな人にも生まれつき得意な面があるのです。
たとえ全体として劣っていても、ある一点では上手に勝ることもあります。
つまり、上手にも弱点があり、下手にも光る部分があるということなのです。
芸は単純な上下では測れない、というのが世阿弥の基本的な出発点です。
しかし上達を止める最大の敵は「慢心」です。
上手な人は「名声」に隠れて欠点に気づかないのです。
下手な人は「どうせ自分は下手」だと思って、その長所にも気づきません。
どちらも慢心すれば芸は止まってしまいます。
特に怖いのは、「あの人は自分より下手だから真似するのはよそう」と思う心です。
この瞬間から学びは止まり、芸は下がります。
それが彼のよく呟いた表現に結実しています。
「上手は下手の手本。下手は上手の手本なり」がそれです。
他人はすべて自分を磨く鏡であるということなのです。
それでは真の上手とはどのような人のことなのでしょうか。

世阿弥が言う「本当に極まった上手」とは、どんな芸もこなせる人のことです。
誰からも学べ、自分の欠点を知っていて、慢心がない人のことなのです。
しかしそんな人はいません。
では芸の神髄とはなにか。
それは「我が身を知ること」に尽きるのでしょう。
「稽古は強かれ、情識はなかれ」という言葉は身に沁みますね。
稽古は徹底してやれ、しかし驕ってはいけないということです。
「あの人から学ぶことはない」と思った瞬間全ては止まります。
「自分はできる」と思った瞬間に坂道を滑り落ちていくのです。
芸の道は、結局、謙虚さの道だといえます。
厳しい世界です。
それだからこそ、一生やり続けることもできるのです。
今回も最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。

