傾いた器
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は孔子の考え方について、少し学びましょう。
孔子は弟子たちに満ちた状態を長く維持するためには「抑損(よくそん)の道」を守らなければならないと教えました。
「抑損の道」とはどんな意味なのでしょうか。
難しい表現ですね。
聞いたことがありますか。
よく言われるのが次の4つの考え方です。
「聡明聖知」「功蓋天下」「勇力撫世」「富有四海」を誇りたくなる気持ちを抑えて、それぞれ「愚・譲・怯・謙」な態度をとりなさいということです。

そうすることによって世人の妬み、怨みの気持ちも尊敬の念に変わっていくことを、孔子は説きました。
この文章の出典は「荀子」です。
戦国時代、趙の人です。
それまで主流であった孟子などの性善説を否定して性悪説を唱えました。
荀子の性悪説は、善は教育などの後天的作為や人為によって初めて得られるものであるという考え方です。
それだけに教育に重点をおいた思想でした。
荀子にはよほどこの孔子の考えが響いたに違いありません。
孔子の言葉は学問や礼儀を学ぶことの大切さを熟知していた荀子の心を揺さぶったのです。
書き下し文
孔子、魯の桓公の廟(びょう)を観(み)るに、欹器(きき)有り。
孔子問いて守廟の者に曰く、「此れ何の器ぞや。」と。
廟を守る者曰く、「此れを宥坐(ゆうざ)の器と為す。」と。
孔子曰く、「吾聞く、宥坐の器は、虚しければ則ち欹(かたむ)き、中なれば則ち正しく、満つれば則ち覆る。」と。

孔子顧みて弟子に謂ひて曰く、「水を注げ。」と。
弟子水を注ぐ。中なれば則ち正しく、満つれば則ち覆る。
孔子喟然(きぜん)として歎じて曰く、「ああ、いずくんぞ満ちて覆らざるもの有らんやと」。
子路曰く、敢えて問う、満を持するに道有りやと。
孔子曰く、
聡明聖知は之を守るに愚を以てす。
功天下を蓋(おほ)ふは之を守るに譲を以てす。
勇力世を撫(おほ)ふは之を守るに怯(きょう)を以てす。
富四海を有(たも)つは之を守るに謙を以てす。
此れ所謂(いわゆる)抑損(よくそん)の道なりと。
現代語訳
孔子が魯の桓公の廟を見学したとき、傾いた器(欹器)が置いてあったのを見ました。
孔子は廟を守る者に尋ねました。
「これは何という器ですか。」
守る者は答えました。
「これは宥坐(ゆうざ)の器といいます。」

孔子は言いました。
「私は次のように聞いています。この器は、空であれば傾き、ほどよく中身が入っていればまっすぐになり、満杯になるとひっくり返るといいます。」
孔子は弟子たちを振り返って言いました。
「水を入れてみなさい。」
弟子たちが水を注ぐと、適量のときはまっすぐ立ち、満杯になるとひっくり返ってしまいました。
孔子は深くため息をついて言ったのです。
「ああ、すべての物事は満ちすぎると、かえって崩れてしまうものなのだ。」
聡明で知恵のある者は、それを表に出さず、愚者のようにふるまうこと。
功績が天下に行き渡っている者は、それを表に出さず、へりくだった態度をとること。
武勇が天下に知れ渡っている者は、それを表に出さず、臆病者のようにふるまうこと。
天下を有するほどの富者は、それを表に出さず、へりくだった態度をとること。
これこそが抑損の道なのだ、と。
抑損の道
この話は、『荀子』の「宥坐篇」に見られる寓話で、過ぎたるは及ばざるがごとしという思想を具体的に示したものです。
欹器(きき)と呼ばれる傾いた器に象徴される寓話はわかりやすいですね。
器の中身が空だったら確かに不安定そのものです。
中くらいの時はどうでしょうか。
最も安定していると誰にも予想がつきます。
つまりこの状態が理想的なのです。
そこからさらに溢れるほど満杯にしたらどうなるのか。
おそらく器はひっくり返ってしまうのではないでしょうか。
つまり過剰は破滅への近道だということなのです。
つまり、「中庸こそが最善」ということを、ここでは視覚的に示しています。
この考え方は、孔子の代表的に著作『論語』にも通じます。
特に「中庸」の思想は彼の思想の中核をなすものです。
バランスがなによりも大切だという価値観です。
つまり満つることを喜び過ぎてはいけないということです。
それこそが崩壊の始まりなのです。
『平家物語』にもありますね。
「おごれるものは久しからず」という言葉は永遠の真理を示しています。
人は誰でも満ちたままの状態でいることを願うものです。

手に入れたものを、簡単に手放したりしたくはありません。
ではそれらをいつまでも手元に置いておくためには、どうすればいいのでしょうか。
この文章の最後に出てくる「愚・譲・怯・謙」こそが、まさに抑損の道なのだというのです。
ここにまとめておきましょう。
弟子の子路に向かって、孔子は次のように言いました。
聡明聖知の人は「愚」を
功蓋天下の人は「譲」を
勇力撫世の人は「怯」を
富有四海の人は「謙」を
この4つの生き方を守っていれば、必ず人々に尊敬され、平安に生き続けることができるということなのです。
真理はこれに尽きるのではないのでしょうか。
対句をみごとに織り込んだわかりやすい文章だと思われます。
優れた才知をもつ者は自身の愚を自覚し、功績や手柄のあるものは謙譲の心を持ち
勇力を持つものは怖れを忘れずに、富を持つものは謙遜すべきであるということなのです。
それくらいのことは誰でもが知っていると言ってしまえば、それだけのことです。
しかし実践することはけっして容易ではありません。
ぜひ、この考え方を自らの座右の銘にしてください。
生き方の根本がかわるはずです。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

