紀綱は脈なり
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は唐を代表する文人であった韓愈の文章を読みます。
高校では「雑説」をよく取り上げて勉強しますね。
次のような文です。
覚えているでしょうか。
世に伯楽有りて、然る後に千里の馬有り。
千里の馬は常に有れども、伯楽は常には有らず。
この文章は人材を生かすためには、その能力を見抜く目をもった優秀な指導者が必要だという普遍的な考え方を述べたものです。
彼は詩人としても名声を誇りましたが、なんといっても有名なのは散文です。
多くのすぐれた文章をわかりやすく、後の人々のために書きました。

その中でも「雑説」には真理がみなぎっています。
名馬はたくさんいても、それを正当に育てられる伯楽はそう多くはいないということです。
名選手が必ずしも名監督や名コーチにならないところに、世の不思議さがあるのかもしれません。
ここでは政治の世界をいい方向に促す基本はなにかということについて、考えます。
医をよくする者は、脈の病否を察するといいますね。
天下を計る者は、何を察すべきであるというのかという、韓愈が年来考えてきた主張が述べられています。
「紀綱は脈なり」という表現は、主に古代中国の政治哲学や書物に見られる思想です。
国家や組織の秩序は、人間における血脈のようなものであるという意味です。
この考え方は、儒教的な思想や古典において、秩序の維持がいかに大切かという論点を示すときに多く用いられました。
秩序は常に必要なものです。
少しでも紀綱がゆるんでくると、国家は衰退していきます。
永遠のテーマといえるでしょうね。
書き下し文
医を善くする者は、人の瘠肥を視ず、其の脈の病否を察するのみ。
善く天下を計る者は、天下の安危を視ず、察其の紀綱の理乱を察するのみ。
天下は、人なり。
安危は、肥瘠なり。
紀綱は、脈なり。
脈病まざれば、瘠せたりと雖も害あらず。
脈病みて肥へたる者は、死す。
此の説に通ずる者は、其れ天下を為める所以を知るか。
夏、殷、周の衰ふるや、諸侯作りて戰伐日に行はる。
数十王に伝へて天下傾かざるは、紀綱存すればなるのみ。
秦の天下に王たるや、勢を諸侯に分かつこと無く、兵を聚めて之を焚く。
二世に伝へて天下傾くは、紀綱亡はるるればなるのみ。
是れ四支故無しと雖も、恃むには足らず、脈のみ。

四海事無きと雖も、矜(ほこ)るには足らず、紀綱のみ。
其の恃むべき所を憂へ、其の矜るべき所を懼る。
医を善くし計を善くする者は、之を天之を付与すと謂ふ。
易に曰く「履むを視て祥を考ふ。」と。
医を善くし計を善くする者は之を為す。
現代語訳
善く天下を推測する者は、天下が今平安であるか、危機であるかを見ません。
その綱紀が正しく行われているか乱れているかを見るだけなのです。
天下とは、人のことです。
安危とは、肥っているか痩せているかということです。
紀綱とは、脈そのものです。
脈が乱れていなければ、痩せていても害はありません。
脈が乱れ、肥満している者は、早く死にます。
この説に通じているものは、天下を治める方法も知っているのです。
夏、殷、周が衰えると、諸侯が興って戦争討伐が、毎日のように繰り広げられました。
それでも天下が傾かなかったのは、綱紀が存在していたからなのです。
秦が覇権を握ったとき、諸侯に勢力を分けることはありませんでした。
武器を集め焚いてしまったのです。
その後すぐに天下が傾いたのは、綱紀が滅んでしまったからです。

四肢に支障がないといっても,頼むには足りません。
脈だけが命なのです。
天下四海は無事だといっても、誇るには足りません。
綱紀だけが大切なのです。
頼むべき所を心配し、誇るべき所を懼れなければなりません。
善医、善く天下を計る者とは、これを天も扶助するというのです。
『易経』にこうあります。
「履むところを見て祥(吉祥不祥)を考えよ。」
善医、天下の計を測る者は、これを行うのが肝要だというわけです。
組織のあり方
組織のあり方として、規律がしっかりしている組織は健常な身体のように動きます。
紀綱(きこう)とは国家の法、規律、組織の組織体系、道徳・秩序のことをさします。
脈とは血液が通う脈拍、生命を維持する動脈、静脈を意味します。
つまり秩序がしっかり機能していることは、身体の血液循環が正常であることと同じです。
法や秩序が崩れれば、国家は死に至るという喩えなのです。
実にわかりやすくて、誰にも理解できますね。
しかしこれを実行することがどれほど難しいか。
誰もが知っていて、なかなかそのように動かせないのです。
名医は、人が瘠せているか肥っているかを見ようとはしないそうです。

それよりも脈をみます。
病気かそうでないかを見るだけです。
つまり肥っているか、痩せているのかは本質ではないのです。
痩せていても脈が正常なら害はありません。
肥っていても脈が乱れていれば、まもなく死にいたるのです。
中国では夏、殷、周の時代、諸侯が争い、戦乱が続きました。
しかし天下はすぐには滅びなかったのです。
その頃は秩序がまだ存在していたからです。
ところが秦が天下統一した時代に一気に権力の集中が進みました。
その結果、政治的バランスが崩れたのです。
本当に見るべきなのは、制度が健全に機能していたのかどうかということなのです。
表面の繁栄にだけにとらわれていると、思いがけないところから崩壊が始まることもあるということです。
筆者の主張は、現代の国家や組織にも当てはまると思います。
世界はどこへ向かって進んでいくのか。
脈は正常に動いているのでしょうか。
少し考えてみてください。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
