【発心集・清水の尼】世俗への執着から離れ解放された境地を歌に詠む

発心集

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は和歌にまつわる話を読みます。

『発心集(ほっしんしゅう)』は、鎌倉時代初期に『方丈記』で知られる鴨長明(かものちょうめい)が編纂した仏教説話集です。

仏の道に目覚める「発心」を基本として、「遁世」「往生」などをテーマにしています。

自らの信仰生活を内面化し、仏の教えを通して人間の心のあり方や執着と向き合っていく様子が主題です。

当時の人々の信仰の実態や、変化する社会への洞察が示されています。

『方丈記』と共通する無常観や、仏教が果たした役割を理解する上で欠かせない書物なのです

13世紀頃にまとめられました。

日本の僧侶などの実話に基づき、編者の感想や随想が加わり、従来の説話集にない新鮮さがあります。

この話はある若い女房が清水寺に参籠していたとき、物乞いをして歩くやせ衰えた老尼が現れたところから始まります。

その老尼が身につけていた衣服を発端として、ストーリーが展開していきます。

みすぼらしい老尼は信心深く、すぐれた歌を詠んだという意外性がこの話を重厚にしています。

和歌の修辞技巧に注意して、老尼の人物像を読み取ってみましょう。

鴨長明には学校で習う『方丈記』『無名抄』などの著書もあります。

和歌を俊恵に学び、和歌所寄人になります。

1204年に出家し大原山に隠遁した後、日野の外山に方丈の庵を結びました。

『発心集』には100余話が収録されています。

彼自身の信仰や世の無常観が反映された、日本の中世を理解する上で重要な作品です。

本文

あるなま宮仕へ人の、清水に籠りたりける局の前に、色白ばみ、されほれたる老尼の、影のごとく痩せ衰へたる、物を乞ひ歩くありけり。

十月ばかりに、汚なげなる破れ帷一つ着て、上に蓑を着たりけり。

見る人、「あないみじのさまや。雨も降らぬに。など、蓑を着たるぞ」と問ふ。

「これよりほかに持ちたる物なければ、寒さは寒し、ずちなくて」など答ふるを、「暖まりあるべしとこそ思えね」など言ひて、笑ひけり。

果物など食はせたれば、うち食ひて立ちけるを、いかが思ひけん、呼び返して、単をなん一つ押し出だしたり。

喜びて取りて去ぬと思ふほどに、同じ寺に奉加勧むる所に行きて、硯こひて、いと美しき手にて、この歌を書きつけつつ、単を置きて、いづちともなく隠れにけり。

かの岸に漕ぎ離れたるあまなればおしてつくべきうらも持たらず

現代語訳

ある新参の女房が、清水寺に参籠していた部屋の前に、顔色が青白く、ひどくやつれた老尼が、影のように痩せ衰えて、物乞いをしながら歩いて来ました。

十月ごろの話です。

汚れた破れた夏の単衣を一枚着て、その上に蓑をまとっていたのです。

それを見た人が、「まあ、なんと痛ましい姿でしょう。雨も降っていないのに、どうして蓑を着ているのですか」と尋ねました。

「これ以外に持っている物がありませんので、寒いのは寒うございますし、どうしようもなくて」などと答えるのを、「これで暖かくなるとはとても思えませんね」などと言って、笑いあったのです。

果物や菓子などを食べさせると、少し食べて立ち去ったものの、何を思ったのでしょうか、呼び戻して、単衣を一枚、差し出して与えました。

老尼はそれを喜んで受け取り、去っていったかと思うと、同じ寺で寄進を勧めている所へ行き、硯を借りて、たいそう美しい手つきで、この歌を書きつけました。

さらに、そこへ単衣を置いて、どこへともなく姿を消してしまったのです。

かの岸に漕ぎ離れたるあまなればおしてつくべきうらも持たらず

表向きの意味

(向こう岸を目指して漕ぎ離れてしまった海人なので、押して舟をつけることのできる浦さえ持っていません)

本当の意味

(彼岸を目指して俗世を離れた尼の私ですから、いただいた単衣につけるべき裏も持っていません)

老尼の正体

この物語を読んで気になるのは、その老尼の正体です。

外見は哀れな物乞いですが、美しい筆跡、即興で和歌を書く教養から、ただ者ではないことが暗示されています。

かつて都で高い教養を持っていた女性が、何らかの事情で没落した姿とも考えられます。

それを解き明かすカギが彼女の詠んだ歌です。

ここでその意味を読み取ることが大切なポイントになるのです。

歌は次の通りです。

かの岸に漕ぎ離れたるあまなればおしてつくべきうらも持たらず

これは世俗(此岸)から完全に離れてしまった自分が、もはやどこにも帰る場所(浦)がないという、自己の境涯を詠んだ哀切な歌と解釈できます。

同時に、「施しを受けるだけの存在ではない」「心はまだ誇りと教養を失っていない」という、静かな自己表明でもあるのです。

文字通りには「川・海の岸」が比喩的にはこの世(俗世)をさします。

人の世の安定した居場所でおそらく老尼がかつて属していた世界(宮廷社会)を意味しているのでしょう。

「漕ぎ離れたる」というのはすでに完全に離れてしまった、かつての世俗をさしています。

もはや戻れないほど遠くへ来てしまったという無常感が漂っていますね。

「あまなれば」は表面上は出家した女性を意味しますが、掛詞的には海女ととるのが普通でしょう。

尼である自分は世俗を離れた存在であり、同時に、舟で岸から離れた「海女」のイメージに重なります。

「うらも持たらず」の「うら」とは浦(舟の着く場所)です。

比喩的には頼るべき人、身を寄せる家、社会的な居場所をさします。

長明が言いたかったことは人は外見だけでは判断できないということなのです。

真の価値は教養や心にあるという仏教的な無常の思想が読み取れます。

尼と海女、岸と浦

この尼を人物像としてどう評価すべきなのでしょうか。

説話文学の読み方としてもう少し深掘りしてみます。

ポイントは表層の人物像との乖離です。

外見や行動だけを見れば、この尼は影のように痩せ衰え破れた帷に蓑を着て物乞いをする女性です。

笑われても反論さえしません。

いわば社会の最底辺に落ちた存在です。

見る人が「笑ひけり」とあるように、世間からは軽んじられる側に置かれています。

これは、人は外見によって他者を評価してしまうという人間の浅さを際立たせるための設定です。

しかし、この尼の本質は、行動の後半で一変します。

最初の行動が硯を乞うたことでした。

老尼はいと美しき手にて和歌を書きます。

さらに施しの単衣をその場に置いて去るのです。

ここから分かるのは高度な文字教育を受け、和歌の教養がかなりあることです。

自分を単なる乞食として扱わせない精神的自立の宣言と考えてもいいでしょう。

施しを一方的に受けない誇りが彼女の胸中にはあります。

つまり没落しても文化的人間としての核を失っていない存在だということの証明なのです。

そこまで読み込めれば、この作品の主題が明確になるのではないでしょうか。

和歌には掛詞、縁語などの特殊な用法があります。

それをうまく使えるかどうかというのも、文化を尊ぶ人びとにとっては大きな関心事でした。

そこに彼らの教養のレベルが示されると考えていたのです。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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