【福沢諭吉・学問のすすめ】天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず

学問のすすめ

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は福沢諭吉の名著『学問のすすめ』を取り上げます。

最初の有名なフレーズは誰でもよく知っていますね。

しかし本当の意味をきちんと理解している人はそれほど多くないのではないでしょうか。

もう1度読み直してみたいと考えました。

高校の『論理国語』の教科書にも載っています。

彼の言葉を噛みしめてみる時期なのかもしれません。

福沢諭吉といえば、中津藩士として知られ、大阪の適塾で蘭学を学んだ後、江戸に蘭学塾を開いたことで有名です。

彼のすごさは、それまで苦労して学んだオランダ語が、古いと実感した時、すぐ英語に切り替えたことです。

横浜を訪れたところ、ほとんどの外国人は英語を使っていました。

近くに教えてくれる人は誰もいません。

そこでオランダ語を使った英語の辞書をもとに、すべて独習したのです。

新しい時代に生きるには英語が絶対に必要だと直感したのでしょう。

そのおかげで勝海舟の乗る幕府の施設に随行することができました。

咸臨丸の名前は多くの人がよく知っています。

浦賀にペリーが来航した1853年から約8年後のことでした。

1860年、25歳の時です。

アメリカでは、政治や経済のシステムを真剣に視察しました。

技術は後からでもかまわない。

民主主義の根幹にはどういう思想があり、経済が実際に稼働している構造を身体にしみこませたかったのです。

アメリカでは、英語の辞書で有名なウェブスターを購入しました。

これが日本の英語教育の原点になったといわれています。

その後も欧米の視察をし、『西洋事情』なども著しました。

本文

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。

されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤(きせん)上下の差別なく、

万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資とり、

もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。

されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、

その有様雲と泥との相違あるに似たるはなんぞや。

その次第はなはだ明らかなり。

『実語教(じつごきょう)』に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。

されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。

また世の中にむずかしき仕事もあり、やすき仕事もあり。

そのむずかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やすき仕事をする者を身分軽き人という。

すべて心を用い、心配する仕事はむずかしくして、手足を用うる力役(りきえき)はやすし。

ゆえに医者、学者、政府の役人、または大なる商売をする町人、

あまたの奉公人を召し使う大百姓などは、身分重くして貴き者と言うべし。

身分重くして貴ければおのずからその家も富んで、下々(しもじも)の者より見れば及ぶべからざるようなれども、

その本もとを尋ぬればただその人に学問の力あるとなきとによりて

その相違もできたるのみにて、天より定めたる約束にあらず。

諺(ことわざ)にいわく、「天は富貴を人に与えずして、これをその人の働きに与うるものなり」と。

されば前にも言えるとおり、人は生まれながらにして貴賤・貧富の別なし。

ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり。

現代語訳

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と言われます。

そうであるならば、天から人が生ずる以上、万人が万人みんな同じ身分のはずです。

生まれながらにして身分が高い低いといった差別はないはずです。

また、人は、万物の霊長たる人間の身と心の働きをもって、天地の間にある万物を活用して衣食住の必要を満たします。

人々がお互いを妨げないで、各々が安心してこの世を自由自在に渡ることができるということにもなります。

しかし、今、広くこの人間社会を見渡してみると、賢い人もいれば、愚かな人もいるし、貧しい人もいれば、金持ちもいます。

生まれながらにして身分の貴い人もいれば、人に使われる下人という人もいます。

このように、同じであるはずの人の間に差があるように思われるのはどうしてでしょうか。

この答えは実に明白なものです。

昔の人の教えに、「人が学ばないならば智は無いし、智が無いならば愚かということだ」とあります。

この言葉の通り、賢人と愚人との違いは、学ぶのか学ばないのかという違いから生まれてくるだけなのです。

また、世の中には、難しい仕事もあれば、簡単な仕事もあります。

その難しいほうの仕事をする人を身分のある人と名付け、簡単なほうの仕事をする人を身分の軽い人と言います。

脳をフルに使うような仕事は難しいし、手足を使うような作業は簡単です。

それ故に、医者、学者、政府の役人、大きな商売をする人、

多くの小作人をもつ大農家などは、身分も重く貴い人と言えるのでしょう。

身分が重くて貴ければ、その人の家は自ずから金持ちとなり、一般庶民からすると遠く及ばない存在のように思えます。

しかし、その根本を考えるならば、ただ単に学問の力があるかないかという理由だけで

そういった違いが生まれているだけなのです。

このことは天が定めた絶対の約束ごとではありません。

例えば、「天は、富貴をその人に直接与えるのでなくて、その人の働きに与える」ということわざがあります。

それならば、前にも述べたように、人には生まれながらにして貴賤富貴といった身分の違いがあるわけではありません。

ただ、学問に励んで物事を良く知る人は貴人となり金持ちとなり、

学問の無い人は貧乏となり使われるだけの人になるのです。

著作の持つ意味

この本がいつ出版されたのかということを、最初に考えてみなければなりません。

大袈裟にいえば、当時の日本には何もなかったのです。

とにかく近代化していかなければ、諸外国に狙われてしまうのは明白でした。

そのために、個人と国家の関係を念頭において論じなければならなかったのです。

喫緊の問題が山積していました。

近代国家の形をつくらなくてはというのが、至上命題でした。

彼が1番に訴えたかったのは、西洋の学問や文化を取り入れることの重要性です。

1872年という出版年を考えてみましょう。

日本は本当に生まれたばかりの赤ん坊のような国でした。

周囲の国の事情もそれほど知らず、いい気になっていたものと思われます。

明治の人々が果たすべき役割は、途方もないことばかりでした。

そのことを明確に認識している人は、それほど多くはなかったと思われます。

長い間の鎖国で、完全に自家中毒の症状に陥っていました。

256年間の平和は、日本人を神話の国の住人にしてしまっていたのです。

黒船の来航によって、一気に眠りから目覚めさせられたとき、どう生きていけばいいのかという方向性が見えませんでした。

不安の中へ突き落されたのです。

その段階で大きな指針を与えてくれたのが、この著作です。

誰が読んでも実にわかりやすく書いてあります。

言葉をかなり選んだことは間違いありません。

生まれや身分を忘れなさい。

大切なことは個人1人1人に学ぶ意志があるかどうかだという提案は、実にわかりやすかったのではないでしょうか。

福沢諭吉は単純に個人の平等を論じたわけではありません。

富や地位はその人の働き次第で決まるのだと言っているのです。

最近、よく言われる「親ガチャ」という現象を考えると、それはありえないだろうと考える人もいるかもしれません。

しかし時代の背景を想像してください。

今日の状況とは全く違うということが基本です。

生まれつきの才能や身分に関係なく、学ぶ力があれば、それだけで上を目指せるのだと励ましているのです。

「上をめざす」という考えにひっかかるかる人もいるかもしれませんね。

これも時代の考えです。

現在のそれと全く同様に考えると、大きな判断ミスをします。

賢さは持って生まれたものではないということです。

自分がどれたけ学んだかどうかで、人の価値は決まるのだと説いています。

個人の能力の差という考えも当然あるでしょう。

しかしそこまで考えている暇はなかったはずです。

とにかく少しでも先を上をめざして進むということが大前提だったのです。

本人の努力次第で賢い人になれると言うことなのです。

知識を広げればいい仕事に就けて人から尊敬され、その結果、地位が高くなり

豊かな生活が送れる、という論点はわかりやすく、受け入れやすかったのではないでしょうか。

そのためにはとにかく学ぶ、それも暮らしに役立つ学問からという論点です。

もちろん、学問にもさまざまな形があります。

実学重視

彼はただむづかしき字を知り、解し難き古文を読み、和歌を楽しみ、詩を作るなど、

「世上に実のなき文学」などに関して言及しているのではありません。

たとえば、いろはの文字や、手紙の言葉、算盤の稽古など、やるべきことはたくさんあるということです。

これが実学を重視した彼の考えの基本なのです。

その後創立した大学の基本方針とも合致したと考えられます。

学問は米を搗きながらもできるという考え方です。

勉強をしようと思っても、なかなかできなかった明治の人々にとって希望の灯になったことは間違いありません。

学問の目的は、第1に独立です。

自立と言い換えてもいいかもしれません。

そうした人間は他人から侮られ見下されます。

国家も全く同じ論理です。

独立した近代国家として諸外国から認められるためには、独立の気概をもった国民が必要だと考えたのでしょう。

自立できない人間は必ず他者に頼ります。

後になって、必ずその人にへつらうようになるのは見苦しいことだと言っています。

福沢諭吉が明治という時代の開始にあたって、これだけのことを述べた背景と現在を考えてみると、いろいろな現実の違いを感じます。

格差社会と呼ばれ、「親ガチャ」が人間の階層をつくりつつあるという事実は重いです。

今のようになるとは、彼もまさか想像はできなかったでしょう。

だからといって、明治初期に論じた内容がいい加減であるということは、言えません。

むしろ、現在にも通じる多くの示唆を含んでいます。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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