人新世の資本論
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は2020年9月に刊行されて以来、売れ続けている本の話をします。
『人新世の資本論』がそれです。
著者は経済思想学者、斎藤幸平氏です。
新書コーナーへ行けば必ず最前列に並んでいます。
何十万部売れたのでしょうか。
40万とも50万ともいわれています。
こうした本がこれだけ読まれるには大きな理由がありますね。
その1つが地球温暖化です。
とどまるところを知りません。
その対策として国連はSDGsを高く掲げました。
もう1つがコロナです。
世界をあっという間に変えてしまった感染病です。
この2つの要因が重なり、あっという間にベストセラーになったのです。
ページを開くと、最初のところに「SDGsは大衆のアヘンである」とあります。
刺激的な言葉です。
温暖化対策のためにあなたは何をしましたかというのが、冒頭の問いです。
エコバックを買った。
マイボトルを持ち歩いている。
ハイブリッドカーにした。
その善意だけなら無意味に終わると著者は言い切っています。
なぜか。
真に必要とされているもっと大胆なアクションを起こさなくなってしまうからだというのです。
繁栄の基盤
良心の呵責から逃れ、現実の危機から目を背けることを許す「免罪符」として機能する消費行動は、資本の側が用意したトリックに過ぎないと断定しています。
SDGsの行動指針をアリバイのようにしてなぞってみても、気候変動は止められないという事実を述べているのです。
産業革命280ppmだった大気中の二酸化炭素は、2016年には南極でも400ppmを超えています。
これは400万年ぶりのことだとか。
経済成長が人類の繁栄の基盤を切り崩していることは明白なのです。
何が悪いのか。
どうしてこうなったのか。
これからどうしていかなければならないのか。
それを考えようというのが、この本の主旨です。
その前に「人新世」などという言葉を聞いたことがありましたか。
ぼくはこの本で初めて知りました。
そういう表現があることすら知らなかったのです。
どういう意味なのか、最初悩みました。
発端はオゾンホールの研究でノーベル賞を受賞した大気化学者パウル・クルッツェン博士の発言から始まりました。
地層のできた順序を研究する学問があります。
地質学の一部門です。
それによれば、もっとも大きな地質年代区分は「代」(古生代、中生代、新生代など)です。
その次が「紀」(白亜紀、第四紀など)に分かれます。
その下が「世」(更新世、完新世など)なのです。
現在は1万1700年前に始まった新生代第四紀完新世の時代というのがこれまでの定説でした。
大量生産の果て
博士は2000年メキシコで行われた地球科学の会議に出席していました。
そこではじめて完新世が終わったことを宣言したのです。
それでは何かということが当然語られました。
それが人新世だったのです。
「ひとしんせい」「じんしんせい」と読みます。
いつから始まったのでしょうか。
1950年頃と言われています。
第2次世界大戦が終わり、世界の人口が急速に増加しました。
それにあわせて、工業化が進んだのです。
大量生産、農業の大規模化、ダムの建設、都市の巨大化、テクノロジーの進歩といった変化が続きました。
その結果として、2酸化炭素やメタンガスの大気中濃度、成層圏のオゾン濃度、海洋面の温度に重大な影響を与えました。
「人新世」とはグローバル資本主義の下で人間が地球に強い影響を及ぼす時代という意味なのです。
つまり人間があらゆるものの前面に飛び出したことを意味します。
人類が活動するというそのことが、地球を変化させる。
従来はそれがいいことでした。
資本の論理がごく自然にすすみ、皆が豊かになる拡大再生産の時代でした。
ところが、今地球は完全に曲がり角にきています。
このままの生活を、将来にわたって維持することは可能なのかという問題から目を背けることができなくなりました。
豊かさが環境に無理な負荷を与えています。
夏の暑さは従来の比ではありません。
線状降水帯による突然の豪雨など以前は考えられませんでした。
山火事、水不足の原因に温室効果ガスの影響があるのは、誰もが気づいています。
デカップリングの可能性
それでは経済成長を達成しながら、温室効果ガスの排出量を減らすことはできるのでしょうか。
いわゆるデカップリングの可能性についてです。
筆者はこれを否定しています。
そこから『資本論』以降の後期マルクスの思想に一直線なのです。
その理由はいくつかあります。
イギリスや欧州におけるデカップリングを認めていないワケではありません。
しかし世界規模で見た時、いわゆる先進国で成功したとしても、そのツケが必ず南半球の国々に及ぶと宣言しています。
北側の国々はその現実を見ようとしない。
北側にある新興国も著しい経済成長を続けています。
それを支えているのは2酸化炭素の排出量は増加し続けている南半球の土地なのです。
先進国は劣悪な労働環境を途上国に押し付けてきました。
綿花の栽培、パーム椰子による油の採取。
現在の資本主義の形をどうしたらいいのか。
一部の大規模資本家だけが、恩恵に浴すのではなく、皆が飢えや貧困に苦しまなくてすむ地球を実現するためにはどうすればいいのか。
地球にプランBはないという冷厳な事実がそこにはあります。
そこから後期マルクスの研究が顔を出します。
「資本論」の再解釈です。
経済成長と温室効果ガスの削減を両立させることが、本当に不可能なのか。
ここはもっと議論を深めないといけないでしょうね。
このデカップリングの内実がさらに見えれば、提言として、大きな意味を持ちうると考えます。
一読を勧めます。
特に最初の地球温暖化がここまで来ているという事実は衝撃的です。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。