【源氏物語・若紫】紫上は女の哀しみを一生背負い続けた【宿命】

若紫の巻のすばらしさ

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、ブロガーのすい喬です。

40年間の教壇生活の中で、何度若紫の巻を勉強したことでしょう。

2年生で必ず扱いました。

こんなに見事で美しい章段はありません。

その中でも今回の「紫上との出会い」「北山の垣間見」として知られている段は本当に教えていてもうっとりしてしまいます。

酔いしれてしまうというのが本当かもしれません。

こんなにかわいらしい女の子に出会えた源氏は幸せでしたね。

一言でいって描写がすごい。

MikeGoad / Pixabay

まるでフラッシュバックのように、映像が見えてきます。

何度やっても目の前にその様子が浮かぶのです。

絵画的で映像美にあふれたすばらしいところです。

紫式部の筆力にはただ感嘆するのみ。

みなさんも高校で必ず勉強したはずです。

忘れている方は思い出してください。

ああ、あのシーンかと思わず納得することと思います。

垣根越しに覗き見をするところです。

そこにいたのは10才にも満たないあどけない少女でした。

本文を載せます。

声に出して読んでみてください。

名文中の名文です。

意味なんかわからなくても大丈夫です。

読んでいるだけで心が柔らかくなります。

紫上との出会い

日もいと長きにつれづれなれば、夕暮れのいたう霞みたるにまぎれて、かの小柴垣のもとに立ち出で給ふ。

人々は帰し給ひて、惟光朝臣とのぞき給へば、ただこの西面にしも、持仏据ゑ奉りて行ふ尼なりけり。

簾少し上げて、花奉るめり。

中の柱に寄り居て、脇息の上に経を置きて、いとなやましげに読みゐたる尼君、ただ人と見えず。

四十余ばかりにて、いと白うあてにやせたれど、面つきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、なかなか長きよりもこよなういまめかしきものかなと、あはれに見給ふ。

清げなる 大人二人ばかり、さては童べぞ出で入り遊ぶ。

中に、十ばかりにやあらむと見えて、白き衣、山吹などの、なえたる着て走り来たる女子、あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、いみじく生ひ先見えてうつくしげなる容貌なり。

髪は扇をひろげたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり。

「何事ぞや。童べと腹立ち給へるか。」とて、尼君の見上げたるに、少しおぼえたるところあれば、子なめりと見給ふ。

「雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠のうちに籠めたりつるものを。」とて、いと口惜しと思へり。

このゐたる大人、「例の、心なしの、かかるわざをしてさいなまるるこそ、いと心づきなけれ。

いづ方へかまかりぬる。いとをかしう、やうやうなりつるものを。鳥などもこそ見つくれ。」とて立ちて行く。髪ゆるるかにいと長く、めやすき人なめり。

少納言乳母とぞ人言ふめるは、この子の後ろ見なるべし。

どうでしょう。

読めましたか。

名前がいくつか出てきます。

惟光は「これみつ」です。光源氏の最も信頼している部下です。

犬君は「いぬき」です。召使の女性の名前です。

現代語訳をつけておきましょうね。

あらすじと訳

日もたいそう長く手持ち無沙汰なので、光源氏は夕暮れでひどく霞がかっているのに隠れて、あの小柴垣の所に出て来なさいます。

従者はお帰しになって、惟光朝臣と一緒に家の中をのぞき見なさると、ちょうどこの西面の部屋に、持仏をお置き申し上げて勤行しているのは尼なのでした。

御簾を少し上げて、花をお供えするようです。

中の柱に寄りかかって座り、肘掛けの上に経をおいて、たいそうだるそうに読経している尼君は、官位の低い人には見えません。

四十歳すぎほどで、とても色が白く上品でやせてはいますが、顔つきはふっくらとしていて、目元や、きれいに切りそろえられた髪の端も、かえって長いよりもこの上なく現代風であるものだなあと、源氏はしみじみとご覧になります。

こざっぱりとして美しい年配の女房が二人ばかり、その他は子どもたちが部屋に出たり入ったりして遊んでいます。

その中に、十歳ほどであろうと思われる、白い下着に、山吹襲で着慣れて柔らかくなっているのを着て走って来た女の子は、多く見えた他の子どもたちとは似ているはずもなく、たいそう成長後の姿が想像できていかにも可愛らしい感じの容貌です。

髪は扇を広げたようにゆらゆらとして、顔は手でこすってひどく赤くして立っています。

「どうしたのですか。子どもたちとけんかをしなさったのですか。」

といって尼君がその子の顔を見上げると、少し似ているところがあるので、尼君の子どもなのであろうと源氏はご覧になります。

その子は「雀の子を犬君が逃がしてしまったの。籠の中に入れておいたのに。」といって、とても残念に思っています。

この座っている年配の女房が、「いつもの、うっかり者が、こんなことをして叱られるのが、本当に気に入りません。

どこへ行ってしまったのでしょう。とても可愛らしくだんだんなっていましたのに。烏などが見つけたら大変です。」と言って立って行きます。

髪はゆったりとしてとても長く、感じのいい人のようです。

少納言の乳母と人が呼んでいるらしいこの人は、きっとこの子の世話役なのでしょう。

この場面は、ほぼすべての教科書に採択されています。

最も代表的な「若紫」巻の一節です。

あどけない少女

これほどに美しい場面はないというくらい、あどけない紫上を初めて源氏が見た時の様子です。

少し気の病が進んでいた彼は北山に療養に出ます。

ある日、近くへ散歩に出るのです。

そこで、若き日の紫上と出合いました。

心密かに思いを寄せている藤壺(父の後妻)と幼い紫上との容姿が似通っていることに驚くのです。

実は藤壺の姪に当たる人なのでした。

ここから紫上の人生は急展開します。

彼女に母はいません。

紫上は祖母の尼君に引き取られて暮らしていたのです

雀の子を召使の犬君が逃がしちゃったと泣いてしきりに訴えます。

年齢は10才ほどでしょうか。

この時代の成人は女性の満年齢で12~13歳です。

本来なら、これから結婚生活に入るべき女性が、雀の子を召使が逃がしたといって泣いている様子に何を感じればいいのでしょうか。

尼君はあまりに幼い女の子の成長ぶりに不安を感じます。

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この子の一生はどのようになるのか。

十分に手をかけず成長させてしまった後悔が重くのしかかります。

北山の風景ののどかさに比べて、尼君の不安は増殖されていく一方です。

紫上はこの後、源氏にもらわれていきます。

二条院に引きとられた彼女を源氏は理想の女性に育て、やがて妻にするのでした。

紫上の哀しみ

しかし結局正妻の地位は得られなかったのです。

この時代は常に女性の出自が問われます。

家格によって正妻の座が決まるのです。

後にあらわれた女三宮にその座を奪われてしまいました。

紫上にとって源氏の愛情だけが頼りです。

しかし紫式部はこの女性と源氏との間に子供をもうけることはしませんでした。

紫上には結局子供ができなかったのです。

後に明石の君との間に生まれた姫君を引き取り、母として育てる運命になります。

これも作家の作り出した厳しい現実でしょうか。

源氏の正妻、女三宮が柏木という若い男性との間に設けた不義の子、薫を見守るという役目も引き受けます。

これほどに愛らしく幼かった少女が、源氏に愛されたため、複雑な人生を送らなければならなくなったという事実に愕然とします。

これをただの作劇術と呼んでいいのでしょうか。

『源氏物語』を読んでいて、一番哀れな女性はこの紫上であろうと誰もが感じる所以です。

運命に翻弄された女性としか言えないのではないでしょうか。

その彼女の少女時代があまりにのどかで穏やかなものであったために、後の人生との対比が色濃く映るのです。

この段を教える時は、つい人の世のはかなさを思わざるを得ません。

彼女は何度も出家を望んだものの、源氏はそれも許しませんでした。

ここからの展開は波乱含みです。

この先をお読みになりたい人は、どうぞご自身で作品を手にとってみてください。

姿形のいい男が出てきて女性と恋に落ちるというだけの単純な作品ではないということが、よく理解できるだろうと思います。

紫式部はよくこれだけの作品を作り上げたと思います。

想像力の豊かさにただ感心させられるだけです。

この複雑な物語の世界は、けっして虚構ではありません。

どこにでもあるもう1つの現実だったのではないでしょうか。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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