物忌み(ものいみ)
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は『枕草子』を読みます。
この本は清少納言が書いた随筆です。
彼女は『後撰集』の選者、清原元輔の娘で1004年頃に現存本に近いものが成立したといわれています。
ちょっと珍しいのは、当時の風習が色濃く出ているところでしょうか。
ズバリ「物忌み」(ものいみ)です。
物忌みとは穢れ(けがれ)を避けるため、一定期間、飲食や言行を慎んで家にこもり、心身を清めた宗教的な習俗のことです。
平安時代には陰陽道の凶日や方角を避けるため(方違え)などが頻繁に行われました。
現代でも風水にこだわる人がいますね。
今から1000年前はもっと盛んだったのです。
方違え(かたたがえ)などという言葉もあまり耳にしたことはないかもしれません。
これも陰陽道に基づいた行動のひとつです。
外出や移転の際に目的地の方角が悪い場合に、いったん別の方角へ移動して一泊します。
翌日そこから目的地へ向かうことで難を避けるという風習です。

方忌み(かたいみ)とも呼ばれていました。
物忌みの時は門を閉じて札を掲げます。
かつては日本でもお葬式の時など「忌中」という札を下げました。
地域によってははまだやっているところがあります。
あれと同じです。
期間中、中宮定子や他の女房の間で作者のことが話題になったのでしょう。
ある日、宮中から手紙が届きました。
内容は物忌みのために宮中から下がっていた間の出来事を記しています。
作者も所在がなくて参内したく思っているところへ、中宮からの手紙です。
嬉しかったはずです。
中宮の歌を代筆した宰相の君の言葉も記されており、作者はすぐさま返事をしたためて、翌朝参内しました。
しかし、返歌の言葉を批判されて情けなく思ったという話です。
中宮と作者の親密な交流がうかがわれるエピソードのひとつだと言えるのではないでしょうか。
本文
その頃、またおなじ物忌しに、さやうの所に出で来るに、二日といふ日の昼つ方、いとつれづれまさりて、ただ今もまゐりぬべき心地するほどしも、仰せごとのあれば、いとうれしくて見る。
浅緑の紙に、宰相の君いとをかしげに書い給へり。
いかにして 過ぎにしかたを 過ぐしけむ くらしわづらふ 昨日今日かな
となむ。

私には、「今日しも千年の心地するに、あかつきにはとく」とあり。
この君の宣ひたらむだにをかしかるべきに、まして、仰せごとのさまはおろかならぬ心地すれば、
雲の上も くらしかねける 春の日を 所がらとも ながめつるかな
私には、「今宵のほども、少将にやなり侍らむとすらむ」とて、あかつきにまゐりたれば、「昨日の返し、『かねける』いとにくし。
いみじうそしりきと仰せらる、いとわびし。
まことにさることなり。
現代語訳
そのころ、またおなじ物忌みをするために、さるところへ宮中から退出しました。
しかし二日目になった日のお昼ごろ、とても退屈さがつのって、今すぐにでも中宮様のところへ参上したい気持ちがする折も折のことです。
中宮様のところからお言葉を伝える仰せごとがあったので、とてもうれしくて読みました。
薄緑色の紙に、宰相の君が中宮様のお言葉をとてもきれいな筆跡でお書きになっていらっしゃったのです。
今まで何日も何ヵ月もあなたが出仕してくれる以前の日々を、どうして過ごしてきたのでしょうか。

あなたがいない昨日今日という短い時日も、わたくしはもてあまして困っているのです、とのおぼしめしでした。
今日も千年を過ごしている気持ちがするので、明日の夜明け前には早く参内してくださいねとあります。
この宰相の君のお言葉だけでも趣深いのに、まして中宮様の仰せごとの内容は並ひととおりでなくありがたい気持ちがします。
宮中でさえも退屈で暮らしかねていたというこの長い春の日を、わたしは自分のいる場所が場所なので、自分だけがさびしく退屈なのだと思っていました。
とご返歌をし、私信としては、「今宵一夜、夜の明けるのを待ちきれずに焦がれ死にをしそうです」と申して、夜明け前に参上しましたが、中宮様は「昨日の返歌『かねける』は、ほんとうに気にいりませんでしたよ。
みんなでとても悪口を言ったわ」と仰せになったのは、とてもつらかったです。
しかし言われてみれば、まさにその通りなのでした。
和歌の繊細さ
この話のポイントは、身分差と制約のある恋の日常を、和歌のやり取りによって繊細に描いているところにあります。
とくに注目すべきなのは、物忌みという「会えない状況」の中で、時間の長さ、苦しさを和歌に託して共有している点です。
宰相の君の歌は、昨日今日が耐えがたいほど長く感じられる恋の苦悩を述べているのです。
それに対して語り手も、宮中にいる中宮でさえも春の日を持て余すのですと応じ、身分の高低を越えて同じ思いに沈んでいることを示しています。
一番興味をひくのは、やり取りの最後で、宰相の君が「『かねける』がいとにくし」と批評している場面です。
ここでは、恋の甘さだけでなく、和歌の表現をめぐる気恥ずかしさや、相手の評価を気にする繊細な心理が表されています。
恋の成否ではなく、言葉一つに心を乱されるところに、この場面の面白さと人間らしさがあると言えるでしょう。
この話は、恋そのものよりも、言葉を交わすことで近づき、同時に傷ついてしまう心の動きを細かく描いている点が最大の魅力だと言えます。
読み取らなくてはならないのは、作者が返歌をするときについ、口を滑らしたことです。
それを中宮が面と向かって指摘したことであり、親しく遠慮のない関係を知ることができます。
ただし中宮の「にくし」はあくまでも戯言であり、本心からの言葉ではないことをあらためて確認しておく必要があるのです。
普通なら中宮がこのようなことを口にするはずがありません。

それだけ清少納言に対する親しみが、人一倍強かったということになります。
二人の間柄が髣髴とする逸話だと言えます。
定子のためにはどのようなことでもした清少納言だったからこそ、なんでも言い合えたということなのです。
そういう意味で、彼女は実に珍しいエピソードを随筆に残してくれました。
ぜひ、読んでみてください。
今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
