「加茂真淵・国意考」理想とする古道へ回帰するためのプロセスを説いた書

ものの見方

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は少し難しい文章を読みます。

といっても内容は比喩に富んだわかりやすいものです。

考え方が現代の人には、少し理解しにくいということでしょうか。

賀茂真淵(かものまぶち)は江戸時代中期の国学者です。

『万葉集』や『源氏物語』などの研究でよく知られていますね。

国学を大成した本居宣長に多大な影響を与えました。

その他、平賀源内、塙保己一など、門人は300人に及ぶと言われています。

彼の研究は大きく分けると次の5つに分かれます。

『万葉考』万葉集を研究したもの
『語意考』文法について研究したもの
『歌意考』和歌について研究したもの
『冠辞考』まくらことばを研究したもの
『国意考』昔の人のものの見方、考え方を述べたもの

今回はその中から、『国意考』をとりあげましょう。

この研究書は明和2年(1765)頃に成立したといわれています。

賀茂真淵は儒教や仏教などの外来思想を排し、国学への復帰を強く説きました。

古代の風俗や歌道に価値を認めていたのです。

儒教的な作為を捨てることを勧めています。

「無為自然」を唱えた老荘思想の影響が強くみられます。

この文章は、賀茂真淵『国意考』の中でも、やまと心を学ぶことの難しさを説いています。

引用したのは、漢学などの外来思想に深く染まった心から、古来の日本人の自然な心へ戻っていく過程を、高い山に登る比喩で説明したところです。

本文

ものの始め、悪く入り立ちにしこそ苦しけれ。

よろず、よこしまにも習へば、心となるものにて、もとのやまと魂を失へりければ、たまたま良き筋の事は聞けども、直く清き千代の古道には行き立ちがてになむある。

こを譬へば、高き山に登るがごとし。

もと繁き山口を押し分けて、木の根巌がね、いゆきさぐくみ、汗もしとどに息も喘ぎつつ、辛くして峰に至りぬ。

かく至りてば、仰ぎ向ひてし山々をも見下し、行きて見ぬ国の奥処も見明らめられつつ、今こそ、心の雲霧も晴るけて、世に広く暗からざめりとおぼゆ。

さてしもあらぬは人の心にて、いでや雲風にもなどか乗らざらむと、思ひ進まるれば、踊り上り飛び上がりならはすに、あやしきわざしも習はば習ひつとおぼえて、似なく誇らしく独笑まひをしつつ経るなりけり。

しかあるほどに、ある時、ゆくりなく、雲に飛ばむも下らずやはあらも、風に乗らむも行く方こそ極みあなれ。

あやしのわざやてふ心の出で来ぬれば、いつとなくその部をも下りまかりて、元の道に帰りぬめり。

さて艶心になりては、あやしき心ずさみにもありつるかなと思ひなれれば、方夢の醒めたらむ晩のごとぞおほえける。

この時に至りて、また古き識を見、歌をも増へ試みれば、かのあやしく進めるみだりわざはなくて、ただこのへ帰り下りたる心にぞありける。

しかしてこそいにしへ人の、心は良く嫌かりけるものと思ひ知らえぬれ。

現代語訳

物事の始めというものは、ふさわしくない学び方から入った場合、そこから抜け出すのが苦しいものです。

何事も、間違った方向から習い覚えてしまうと、それがいつしか自分の心のありかた、そのものになってしまいます。

そのため、本来持っていた「大和ごころ」を失ってしまうのです。

たまたま正しい筋道のことを聞くことがあっても、まっすぐで清らかな、遠い昔から伝わる古道に進んでいくことは、なかなかに難しいです。

たとえて言えば、高い山に登るようなものだと考えてください。

初めは草木が生い茂った山の入り口で、それを押し分けながら進まなければなりません。

木の根や大きな岩が行く手をさえぎり、それらをくぐり抜けるようにして進み、汗をかき、息を切らしながら、ようやく苦労して山の峰にたどり着いたとします。

そこでは、今まで仰いでいた周囲の山々を見下ろすことができるのです。

まだ行ったことのない遠い国の、さらに奥までも見渡すことができます。

心を覆っていた雲や霧も晴れ、世の中のことが広く明らかになったように感じられるのです。

ところが、人間の心というものは、それだけでは満足しません。

「それならば、雲や風に乗ることだって、どうしてできないことがあろうか」などと思うようになり、さらに前へ進もうとします。

そして、どんな不思議な術であっても、習えば習得できるものだと考えるようになるのです。

自分は人とは違うのだと誇らしく思い、自分で自分をほめるような気持ちになってしまいがちです。

しかし、ある時ふと、「雲に飛び乗ったとしても、いつまでもそこから落ちずにいられるだろうか。風に乗ったとしても、風が行き着く先には限りがあるではないか」という思いが起こってきます。

そうなった時、それまで夢中になっていた道から下り、もとの道へ帰ってくる気になるのです。

もとの道に戻って、落ち着いた心になってみると、それまで夢中になっていた不思議なことへの憧れも、「心遊び」でしかなかったと思われるようになります。

それは、まるで長い夢から目覚めた時のような感覚なのです。

この境地に至ってから、もう一度古い書物を読み、和歌などを作ってみると、以前のように奇妙なことを追い求め、むやみに進もうとする気持ちがすっかりなくなっていることに気づきます。

そこには本来の道へ戻ってきたという穏やかな心があるのです。

この瞬間、昔の人というものは、なんと物事の道理をわきまえ、心が正しく澄んでいたのだろう、と深く理解できることになります。

文章の核心

賀茂真淵は儒教の持つ理屈っぽさに対し、素直に感情を表現するのが、「大和ごころ」であると主張しました。

真淵がここで言っていることを簡単に整理してみましょう。

外来思想を身につけると、いつのまにか、それが自分の心そのものになってしまうものです。

そしてその時から本来の「大和ごころ」が見えなくなります。

ここから古道を学び直すのは非常に苦しいのですが、なんとか到達したとしても、次は珍奇な思想や知識に熱中してしまったりすることがあります。

しかしその熱も次第に冷め、本来の自然な心に帰るのです。

最後に初めて古人の心の正しさが理解できるようになります。

これが「回帰」の考えです。

現代に生きるあなたはこの考え方をどう思いますか。

「山に登る」のは確かに大変です。

しかし頂上に着くと、今度は「もっと高く」と欲が出るものですね。

できれば風に乗って空を舞いあがることまで夢想します。

これが、珍しい知識や異国の思想に夢中になっている状態を意味しているのでしょう

日本人は特に外来思想が好きです。

実存主義、構造主義、ポストモダンなど、いくらでも過去に広まった新しい考え方が思い出せます。

ところが最後はそうした枠組みに疲れてしまいます。

そこで「元の道」に戻ってくるというのです。

真淵にとって、本当の学問とは自分の身体の周囲についた意匠を振り払うことを意味したのかもしれません。

横文字を使って新しい知識を振り回す学者の生き方に「ノン」を突き付けたということでしょうか。

当時はそれが漢学を中心とした儒者の像だったのです。

ここでいう「やまと心」とは何のことなのか。

小林秀雄も著書『本居宣長』の中で、そのことに触れています。

道徳的、観念的な枠組みよりももっと前にある、日本人が自然に持っていた、清らかで、物事をありのままに感じ取る心を指しているようにも思えます。

「しかしてこそいにしへ人の、心は良く嫌かりけるものと思ひ知らえぬれ。」という結論は重いですね。

「このようにして初めて、昔の人の心が、いかに正しく、すぐれていたのかが本当にわかる」という意味です。

真淵は「道」の探求には、古書から古語を知って古歌、古文によらなくては到達しないという信念を持っていたと思われます。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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