新学習指導要領始動直前
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、ブロガーのすい喬です。
今回はかなり以前に書いた記事をさらに深掘りしていきます。
内容はまさに高校の新学習指導要領に関するものです。
22年度実施が目前に迫ってきました。
国語教科書検定は今年度、来年度にわたって行われます。
いよいよ教材を具体的に決定する段階に入っています。
教科書会社は事前にリサーチをし、どの教材が科目の内容にふさわしいのかを徹底的に洗い出します。
それを1度、仮の形で製本して文科省へ提出するのです。
教科書の下読みには選ばれた教員が参加します。
関係者の名は伏せられ、公になることはありません。
この段階で問題点が抽出され、再び教科書会社にフィードバックされます。
いよいよその段階まできたということです。
今回の新指導要領に関しては問題点がいろいろな人から述べられています。
ぼくもかつてこのサイトに記事を書きました。
文学が消えてしまうのではないかという危惧を抱いたからです。
最後にリンクを貼っておきます。
多くの高校の先生も似た心配をなさっています。
どこに原因があるのか少しだけ振り返っておきます。
現在の高校の国語科のカリキュラムは次の通りです。
《現行》平成21(2009)年度告示、2013年度実施。( )内は単位
必履修科目 国語総合(4)
選択科目 現代文A(2) 現代文B(4)
古典A(2) 古典B(4)
国語表現(3)
基本は1年次必修の「国語総合」のみです。
文学教材で言うと芥川龍之介『羅生門』などが所収されています。
その他は学校によって選択科目がかわるのです。
科目の設置
《新》平成30(2018)年度告示、2022年度実施。( )内は単位
必履修科目 現代の国語(2) 言語文化(2)
選択科目 論理国語(4) 国語表現(4)
文学国語(4) 古典探求(4)
必修は「現代の国語」と「言語文化」です。
この内容は現在の国語総合を現代文と古文漢文に分割したと考えればわかりやすいでしょう。
ほぼ現行の内容と大きな違いはないものと思われます。
問題は選択科目についてです。
実際に何の科目を履修するのか。
これは学校の性格によって大きく変わります。
「古典探求」は「古典B」とは性格的にほぼ変わりがないでしょう。
「国語表現」も同様です。
単位数が多くなる分、書く、話すという要素がさらに増すものと思われます。
学校は具体的に何を履修科目にすればいいのか悩むところです。
大学進学者の多い高校では、「論理国語」「文学国語」「国語表現」「古典探究」のうち
から2科目履修というのが一般的になるでしょう。
現行課程では「国語総合」「現代文B」「古典B」を標準で12単位履修することになっています。
1単位とは1週間に1時間授業をすることを意味します。
これを新課程でも同じ12単位とするなら「現代の国語」「言語文化」「論理国語」「古典探
究」という組み合わせになることが予想されます。
この他に希望者だけの選択科目として「国語表現」「文学国語」を設定する学校もあるでしょう。
しかし受験勉強で英語などに時間をとられることを考えると、「文学国語」4単位をあえて
選択する生徒はごく少数だと思われます。
ここで問題になるのが「文学国語」と「論理国語」の性格の違いです。
どのような資質が要求されているのか
今回の科目編成の目的は何なのでしょうか。
全てはこれからの時代に適応できる能力をどうしたら身につけられるのかというところから発想されていると考えてください。
その基本データになったのがPISAの指標です。
PISAとはOECD(経済協力開発機構)が進めている国際的な学習到達度調査のことです。
2000年から始まり、義務教育修了の15歳児を対象に、読解力、数学的リテラシー、科学的
リテラシーの3分野を3年ごとに調査しています。
日本人の能力で最も足りない部分はどこか。
それがはっきりと数字で提示されました。
読解力の国際順位が8位から15位に下がってしまったのです。
これにはコンピュータで試験を行ったという不利もあったと指摘されています。
それでもこの事実が政界や教育関係者、財界などに衝撃を与えたことは間違いありません。
読解力の指数が非常に悪かったのです。
ここでの読解力とは夏目漱石や森鴎外などの小説に出てくる人物の心情を読み取るといった
日本の国語教育における伝統的な能力のことではありません。
2000年の第1回調査以来、PISAが求めている独自の読解力のことなのです。
授業の中でも「そのテキストを読むのは何のためか」「読むことによってどういうことを目
指しているのか」と、目的を明確にした指導が必要になってきました。
そのテキストは信頼できるかとか、自分にとってどういう意味を持つ内容かなどと考え、読
み、書くことのできる能力が求められているのです。
主人公の心情を理解しただけでは足りません。
さらに今後、国際社会に必要とされるインターネットを介して情報を検索・探索し、その価
値や信頼性を吟味しながら読むことのできる読解力まで要求しているのです。
こうした社会のニーズを把握して授業を展開しなくてはならなくなりました。
まさにAI時代の国語教育です。
そこで登場した科目が「論理国語」なのです。
言葉の論理性を前面に出して、グローバル時代を生き抜く学力をつけてほしいという考え方です。
これからの入試の主流になるのは間違いありません。
としたら旧態依然のイメージが強い「文学国語」より「論理国語」へという方向へ傾くのも無理はないのです。
それでも懸念が渦巻く
日本学術会議は「文学国語」軽視の潮流を受けて先ごろ提言を発表しました。
それによると、今のままでは本当に文学を読む青少年が激減する怖れがあるということです。
豊かな心情を学ぶことをせず、論理で押し通す人間ばかりになった今後の日本社会に歪
みが生じる心配はないのかということです。
具体的にはいくつかの改革案が提示されています。
(1)共通必履修科目「総合国語」を設ける。
共通必履修科目は、「現代の国語」「言語文化」に分割しない。
両者を有機的に統合した「総合国語」1科目とすることを、長期的展望に基づく提言とする。
(2)選択科目を「思考と言語」「言語と創造」「言語文化」「国語表現」の4科目とする。
教科書編集においては、境界領域を重視した柔軟な編集を行い、教科書検定においては、柔
軟かつ弾力的な対応を要望する。
「論理国語」を「思考と言語」(仮称)に「文学国語」は「言語と創造」(仮称)に「古典
探究」は「言語文化」に改編することを提案する。
「国語表現」は、新指導要領の性格規定に従い、共通必履修科目で養成された能力に基
づき、情報化社会に対処するスキルの習得に留意する。
実践的な表現力を養うことを目標とする。
(3)古典教育を改善する
「古典探究」を「言語文化」とし現代社会と古典との関係を深く理解する教育を提案する。
いずれもかなり踏み込んだ提言です。
文学と論理という2つのカテゴリーに分けるという方法論そのものの矛盾をついています。
教科書編集会社は、つねに文科省の顔色をみて判断を繰り返します。
IT時代の柔らかな頭脳を十分に駆使して、関係者はこれからの時代の指導要領をつくりあげ
ていかなくてはならないのです。
今回は全体を通して、少し難しい話だったかもしれません。
しかしこれからの時代を築き上げていく青年たちのために、ここは時間をかけて十分に議論
を重ねてほしいものです。
今後の成り行きに注目していきましょう。
最後まで厄介な話におつきあいいただきありがとうございました。