那須野
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は『奥の細道』を読んでいきます。
松尾芭蕉が元禄2年の春に江戸を旅立った旅行記が、今も読まれているのです。
乞食になって、どこで死んでもいいという覚悟ででかけた旅を、現代人がこうやって追いかけているのです。
不思議な感慨にとらわれませんか。
実に実りのある豊かな旅であったことがよくわかります。
漂白の詩人を愛する日本人の感性をしみじみと感じますね。
この段の特徴は弟子の曾良が詠んだという句にあります。
かさねという少女の名前がいかにも愛らしく、那須野の原野の広がりの中にそこだけ色鮮やかです。
名前を漢字で書くと「重」です。
その時、たまたま道端に撫子(なでしこ)が咲いていました。
八重咲きだったのでしょう。
かさねという表現から、八重へと連想が自然に広がっていきます。
撫子とは文字通り子供を撫でるという意味です。
つまりそれくらいかわいらしい女の子だったのです。
目の前にその時の映像が浮かびませんか。
しかしこれが本当にあったことなのかどうか。
それはわかりません。
フィクションの可能性もあります。
『奥の細道』というのは、芭蕉の心の中にあった風景そのものを表現した旅行記なのです。
弟子の河合曾良が、この句を作ったことになっていますが、それもどこまで真実なのかどうか。
芭蕉の代作と考えるのが、ごく自然なのではないでしょうか。
「那須野」と「夏野」の言葉の繋がりが、風景と歌を明るいものにしています。
この旅の中でも、明るい光を強く感じる段なのではないでしょうか。
曾良の日記
同行した弟子の河合曾良は、詳細な日記を残しています。
『奥の細道』に書かれた内容との違いを探していくと、それだけで1つの研究テーマになります。
彼の日記によれば、旅の5日目、4月2日は日光東照宮を参詣した翌朝でした。
快晴の下、裏見(うらみ)の滝と含満(がんまん)ケ淵(ふち)を見物します。
芭蕉はここで滝の裏の岩窟へ下りています。
そこで詠んだ句も、所収されているのです。
暫時(しばらく)は瀧(たき)に籠(こも)るや夏(げ)の初(はじめ)
僧が一夏を修行で暮らすという、夏籠(げごもり)にちなんだ句です。
自分たちは風雅のために籠もるのだという気持ちを、イメージして詠んだのでしょう。
気負いのようなものを感じますね。
日光の東照宮で見た風景とは全く違う何かが、そこにはあったものと思われます。
芭蕉一行そこから黒羽へ向かいました。
昔の旅です。
徒歩で行く以外に方法はありません。
平坦な土地と山道が交互にあり、疲れ果ててしまったに違いありません。
目の前には、那須野ケ原へと続く原野がひろがっているのです。
本文
那須の黒羽といふ所に知る人あれば、これより野越にかかりて、直道を行かんとす。
はるかに一村を見かけて行くに、雨降り日暮るる。
農夫の家に一夜を借りて、明くればまた野中を行く。
そこに野飼ひの馬あり。
草刈る男に嘆き寄れば、野夫といへどもさすがに情け知らぬにはあらず。
「いかがすべきや。されどもこの野は縦横に分かれて、うひうひしき旅人の道踏み違へん。あやしう侍れば、この馬のとどまる所にて馬を返し給へ。」
と、貸しはべりぬ。
小さき者二人、馬の跡慕ひて走る。
一人は小姫にて、名を「かさね」といふ。
聞き慣れぬ名のやさしかりければ、
かさねとは八重撫子の名なるべし 曾良
やがて人里に至れば、価を鞍壺に結びつけて馬を返しぬ。
現代語訳
那須の黒羽という所に知人がいるので、ここから那須野越えにかかって、まっすぐな近道を行くことにしました。
はるか向こうの村を目当てにして行くうちに、雨が降り出し日も暮れてきました。
農夫の家に一晩家を借りて、夜が明けるとまた野中を行きます。
そこに野原で放し飼いにしている馬がいました。
草を刈っている男に近寄り、その馬を貸してくれるようにお願いすると、田舎の人とはいってもやはり人情を知らない訳ではありません。
「どうしたものか。この野は道があちこちに分かれていて、慣れていない旅人は道に迷ってしまうものだよ。
あなたたちのことが心配だから、この馬の止まる所まで行って、そこで馬を返してくれればいいです。」
と、いって貸してくれました。
小さな子どもが二人、馬のあとについて走ってきます。
一人は小さな女の子で、名前を訊ねると「かさね」ということでした。
聞き慣れない名前で、優雅に感じられたので、
「かさね」とは、花びらを重ねた八重撫子のような可憐な少女にとつけられた名前なんでしょうかという句を曾良がつくりました。
そのうち人里にたどり着いたので、馬を貸してくれた代価を鞍壺に結びつけて馬を返したのです。
少女の面影
この段はやはり、かさねという名の少女の登場に救われますね。
馬を貸してくれた農夫の優しさもすばらしいですが、彼らのあとをついてくる少女の可憐な姿が髣髴としてきます。
『源氏物語』にはかわいらしい子やいとおしい人を、撫子に例えて詠む例があるとか。
やはり文字そのものの持っている印象が強いのかもしれません。
「撫でる子」という名前は、素直にそのままの姿をイメージさせます。
「かさね」という名は、花びらを八重に重ねた八重撫子の名前にぴったりです。
みごとなセンスだと感じます。
原野に咲く小さな花のような少女との出会いはつらい旅路の中での、心の柔らかさを演出しています。
豊かな色彩が、その少女の周辺に感じとれるのです。
さらにいえば、空の青さでしょうか。
緑と青と赤のコントラストが美しさそのものを表現しています。
松尾芭蕉の詩心を知るのに、十分な装置だと思いますね。
何度読んでも、ここで目が止まってしまうのです。
それだけ魅力に富んだ一節なのではないでしょうか。
曾良の名前を借りてまで、ここに句を配置した芭蕉の巧みな構成力を感じてください。
全てを自分の句だけで覆うことせず、そこにバリエーションを持たせたのです。
実にみごとな演出です。
もう1度、最初から声に出して読んでみてはどうでしょうか。
彼の文章には詩魂が間違いなく、宿っています。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。