神の領域へ
みなさん、こんにちは。
小論文添削歴20年の元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は遺伝子の問題を考えます。
医療看護系小論文には毎年出題される大きなテーマです。
現在医療の世界でごく当たり前のこととして行われていることの1つに出生前診断があります。
以前と異なり、今はごく簡便に行うことができるようになりました。
妊娠後の胎児遺伝子検査はどこの病院でも行われています。
しかし問題がないワケではありません。
それは優性思想との関係です。
染色体の検査、性別などの判定をしていた時代とは内容が大きく異なっています。
段違いに検査項目が増え、重い疾患や障害を持っているかどうかの判定も容易になりました。
その結果、重篤なケースでは人工妊娠中絶を行うケースが大半になっています。
病気の発見なども高い確率で予測できるものが増えています。
人間のDNAには、2万2000個程度のさまざまな遺伝子が存在すると言われています。
30億の塩基配列で構成され、その集合体が遺伝子です。
生まれ持った先天的な特徴は、ゲノムと呼ばれる遺伝情報の総体によってあらかじめ決められているのです。
精子や卵子など生殖細胞系のゲノム編集が、実現するのは時間の問題です。
一部の報道ではすでに成功したというものもあります。
真偽については現在でも不明の点が多々あるのです。
当然研究者は可能であれば、実現させたいと考えるでしょう。
核開発を想像してみてください。
できるという段階までくれば、必ず人間は前へ進んでしまうものです。
世界中で誰が最初にパンドラの箱を開けるのか、あるいは開けてしまったのか。
彼らの目標はまさにデザイナーベビーの誕生そのものです。
遺伝子情報解析の技術
デザイナーベビーとは、生まれる前に遺伝子を編集して作り出された人間のことです。
人が考え得るあらゆるマイナスの遺伝子を、親の遺伝子情報から抜き取っていきます。
疾患になる可能性はもちろんのこと、性質、特徴、姿形に至るまでデザインして作り上げるのです。
あらかじめDNAを改変することで、自然に生まれるよりも数段「上質な」子供が供給されます。
これはクローン人間などの比ではありません。
クローン化はあくまでも親と同じ遺伝子を持つというレベルでした。
一方、デザイナーベビーは「優れている」とされる特徴を全て持つように遺伝子を改変します。
この技術により、これまで人類ができなかった「人間をつくり出す」という行為が可能になりました。
人工妊娠中絶の話をもう1度思い出してください。
染色体検査の結果、重篤であれば手術を受けるという人が圧倒的に増えたと書きました。
ここに大きな問題があります。
この部分は当然、小論文のテーマになります。
それは優性思想の問題です。
「遺伝子的に劣る人たち」に対して、どのような態度で接するのかということです。
親が子の幸福を望むという愛情の形が独り歩きをしていきます。
親の愛情がどのように形成されるのかという根本的な問題と深い関連を持っているのです。
優性思想はナチスの考え方と深い関りを持っています。
人間の存在に優劣をつけ、劣勢なものの生を否定するという思想です。
ユダヤ人の大虐殺や、障害者の断種手術などという怖ろしい歴史もあります。
このようなことがあたりまえのように繰り広げられていいワケがありません。
遺伝子格差の怖れ
この問題をつきつめていくと、当然経済格差の延長上に深刻な問題があるということもわかります。
デザイナーベビーは高度医療の一種です。
当然高額な費用が発生します。
それを負担できない人は最初からこの機会に触れることもできません。
子供の人生に親の収入が直結するのです。
つまり豊富な資産を持った家の子は豊かな遺伝子を受け継ぐことが可能になります。
遺伝子にあたる英語「ジーン」を使って「ジーンリッチ」と呼んでいます。
「遺伝子格差」という表現はまだ仮想的な段階のものです。
しかし現実味が全くないのかといえば、簡単には否定できません。
まさに人間が神の領域に入るというレベルそのものでしょう。
人工授精に驚き、凍結保存された精子や卵子による嬰児誕生に感嘆したのはそれほど以前のことではありません。
しかし医学はそのレベルを遥かに超え、全く違う次元に躍り出てしまいました。
ここから倫理の問題が出てきます。
デザイナーベビーの論点は倫理問題そのものだといっていいでしょう。
人工授精が認められた時代とは明らかに違うフェーズに直面しています。
もし遺伝子操作行為が乱用されれば、優れた遺伝子を持つ人たちが世にあふれるということも起こります。
一方でゲノム編集されずに生まれるごく普通の人間も存在します。
その格差は並々のものではなくなるでしょう。
あるいは遺伝子操作を間違えるという事件も起こり得ます。
突然変異などの怖れがないワケではありません。
全てが予測の外
あるいは将来的に遺伝子操作を原因とした新しい病気や感染症が生まれる可能性も否定できません。
しかし親の願いは飽くことがありません。
それを愛情と呼び、そのための経済力があれば、行動を起こす人は必ずいます。
そこまでの医学技術があるなら、健康ですぐれた、より高い付加価値をもった人間を育てたいと考えても不思議ではありません。
既にその時が来ているような気もします。
親が子の幸福を望むという愛情の形が独り歩きをするのです。
親の愛情と倫理の狭間で揺れるという根本的な問題がここにはあります。
小論文を書く時、最も大切なことは何でしょうか。
問題解決のためのマインドを持ち続けることです。
こんなテーマがありますよとただ説明しただけではダメです。
それをどういう分節の中に位置づけし、可能な方法とは何かを論理的に組みたてていかなければならないのです。
小論文のテーマはどれも難問ばかりです。
簡単に解決できるようなものではありません。
しかしだからといって手をこまねいているワケにもいきません。
問題点がどこにあるのかを最初に示すだけでも十分意味があります。
最初に飛び込む第1段階としては効果的だといえるでしょう。
今回の問題は倫理だけではなく、親の愛情がからんでいるだけに厄介です。
解析するのも容易ではありません。
あなたならどこから書き出しますか。
そうした行為は許されないといった感情論ではダメです。
人間の尊厳と倫理の狭間で揺れるのであれば、それを素直に正面から書くことでしょう。
正解はないのです。
だからこその小論文です。
医療看護系の学校を受験する人にとっては避けて通ることのできないテーマです。
羊水検査、絨毛検査などを含めた現在の医療水準についてもきちんと把握しておいてください。
最後までお読みいただきありがとうございました。