【食べ物と伝統・西江雅之】文化人類学の面白さはフィールドワークから

学び

文化人類学

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は文化人類学の話をします。

この学問は実にユニークです。

入門書がたくさんあります。

どれでもいいので、ちょっと読んでみてください。

あなたの日常の風景が急にかわって見えるから不思議です。

基本的にこの学問はフィールドワークが中心です。

現地へいって実際に暮らしてみます。

人々の暮らしの中に入り、冠婚葬祭の儀式から、食べるもの着るものまで、仔細に検討します。

なぜそういう食べ方をするのか。

どうして葬送の形が現在のようになったのか。

贈り物の風習はどのようであるのか。

それを1つ1つ分析していくのです。

非常に長い時間をかけて研究を続けなければなりません。

最も有名な本は『野生の思考』です。

著者はフランスの文化人類学者レヴィ=ストロース(1908~2009)です。

それまで未開社会は遅れていると西洋からはみられていました。

しかし文明社会に匹敵するような合理的な思考が存在することを論証したのです。

西欧文明だけが文明ではないことを実証しました。

彼はブラジルでさまざまな出会いをしました。

調査した対象はアマゾン川流域の先住民族たちです。

文化人類学を学び始めると、必ずこの本に辿り着きます。

バイブルのような本だと思って記憶しておいてください。

箸とスプーン

よくいわれる例をあげてみましょう。

あなたはご飯を食べる時に箸とお茶碗を使いますよね。

その1つ1つは家族の中で決められていますか。

ほとんどの家では、それぞれの家族が違うデザインのお茶碗と箸を使っていることと思います。

自分の茶碗や箸を誰か別の人が使っていると、怒りだしたりしませんか。

一方で、カレーライスの時はどうでしょう。

お皿が厳密に決まっている家もあることはあります。

スプーンもそうです。

しかし多くの家では、共通のお皿とスプーンではないでしょうか。

特に誰のものと決まってはいないケースが多いのです。

これはよく考えると、不思議だと思いませんか。

お茶碗と箸はちゃんと分けて使っているのに、お皿とスプーンは分けていません。

実はこのような現象をとりあげて、その理由を解き明かしていくのが、文化人類学なのです。

なぜか考えたことがありますか。

いろいろな説明がよくなされます。

それと全く似た現象を扱ったのが、この著者の文章です。

西江雅之氏は多数の言語を独習し、アフリカ、インド洋諸島、カリブ海域などで言語と文化の問題を研究してきました。

ユニークな書物をたくさん残してくれています。

今回は国語の教科書に載った食べ物と文明についての文章を読んでみましょう。

教科書本文

個々の社会の中で、人々は実に多様なことをしています。

伝統とは、そうした幾多の文化項目の中で、高級だとされているものだけに支えられているのではありません。

むしろ、ごく普通の日常生活に見られる多くのものが、伝統に支えられているのです。

たとえば、箸を使うことでは日本も中国も同じですが、日本では箸はテーブルについている当人と平行に横向きに置かれます。

しかし、中国では、箸は当人から見て縦に置かれます。

いずれの国にしても、たかだか箸の向きぐらいと思えることでも、実際の場では近くの人々に違和感を与えてしまったり、他人に対して礼儀を欠くと見なされてしまうことになってしまいます。

食べ物について考える場合に、単に生命維持のための栄養やカロリーという面だけを見るならば、コンニャクなどはほとんど無意味です。

ましてや、河豚(フグ)のような猛毒を持つものなど、危険を犯してまでも食べる必要はありません。

生命維持だけを問題にする考えは、「文化」というものをまったく無視したものものなのです。

人間が何かを食べるという行為は、そうした合理性のみでは割り切れない、理不尽さ、冒険心、飽きることのない貪欲さに満ちています。

人間の食べ物の特徴は、 身辺から食べる事が可能な物、すなわち食べられるものからほんの一部をどのようにか選び出し、それをどのようにか入手し、どのようにか保存し、どのようにか料理し、どのようにか食べるといった、極めて文化的なものであることを、思い出して下さい。

もし、人間の食べ物が、単なる生命の維持だけを目的とするものであったとしたら、地域による食べ物の文化などは無用のものであるはずです。

箸の位置

確かに日本人は横向きに箸をおきますね。

しかしその理由を考えるなどということはしません。

ある意味当たり前だからです。

しかしあえてなぜかと言われると、悩んでしまいます。

箸の長さも中国や韓国のものに比べると短いです。

中国でも以前は横置きだったようです。

それなのになぜ縦置きになったのか。

気にしたことがありますか。

肉食を主とする北方騎馬民族の影響だとする説があります。

肉を食べるためのナイフを横向きに置くと危険で使いにくいため、西洋と同じようにナイフを縦向きに置くようになり、箸も縦向きに置くようになったと考えられています。

きっとその風習が残ったのでしょうね。

中国ではどの料理も大きなお皿に入れて食べます。

縦向きに置いたほうが使いやすかったに違いありません。

日本の箸の置き方は横置きのまま変化しなかったのには、より精神的な意味があります。

結界という言葉を御存知ですか。

自分の目の前に横に箸をおくことで、そこに食べるものと自分との境をつくりました。

食物には神が宿っていると考えたのでしょう。

今でもお供えといって、神に食物を差し出しますね。

いわば、神と人間との境に置いたものが箸なのです。

だからごく普通に横にしました。

結界というのは、神聖な領域と俗な領域の境界を示すもののことです。

神社や神棚のしめ縄は神の領域と世俗を区切る結界です。

食べ物というのは、さまざまなものの命でできています。

私達はその命をいただきながら生きていると考えたのでしょう。

日本人は食事をする時に茶碗を手に持ちますが、韓国では置いたまま食べます。

汁物などは口を器に近づけて食べます。

持つという行為は「いやしい」というイメージに繋がるようです。

必ず先に目上の方がお箸をつけてからが基本です。

目上の人が食事を終えたら、自分も食事を終えるというのがマナーなのです。

なぜそうなったのか。

いろいろな視点から調べてみてください。

儒教などの考えを理解する必要もあります。

今回は幾つかの違いを取り上げてみました。

食べるということは、人間にとっての原点です。

それだけに文化の違いが如実に表れるのです。

その違いと理由を少し探求するだけで、民族の持つ文化が理解できます。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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