古代への情熱
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回はシュリーマンについて少し書かせてください。
みなさん、ご存知でしょうか。
名前くらいは聞いたことがあるという人も多いでしょうね。
1822年生まれ。
ドイツの考古学者、実業家です。
ギリシア神話に登場する伝説の都市トロイアを発掘したことで有名です。
代表的な著作はなんといっても『古代への情熱』でしょう。
この本がなかったら、彼の存在は消えていたに違いありません。
何度読んでも面白い本です。
タイトルそのものはシュリーマンがつけたものではないそうですが、今では有名になってしまいました。
シュリーマンという人の評価もさまざまです。
山師のように言う人もいれば、偉大な考古学者だと説く人もいます。
しかし彼がトロイアの遺跡を発掘したことは間違いがありません。
そこから出てきた夥しい数の収集品は、ギリシャの偉大な遺産となっています。
なんといってもこの作品の中では、子供の頃の様子がいちばん面白いです。
8歳になった頃、父親から1冊の本をもらいました。
ゲオルク・ルートヴィッヒ・イェラー著『子供のための世界史』という本がそれです。
その時はじめてトロイアの都のことを知ったとあります。
城塞の門、スカイアイ門が炎上する風景をイメージし、本当にこの都があったことを少年は信じたのです。
彼はこの城壁を見た人達がいたに違いないと思いました。
それを自分の力でいつか発掘したいと心に誓ったそうです。
それからの道のりは本当に果てしないものでした。
このあたりの記述はほとんど冒険小説に近いです。
だから面白くてやめられないのかもしれません。
語学の習得
シュリーマンのものすごさは彼の語学習得法にあります。
商人の見習いとなってオランダで働き、その間に語学を1つ1つ自分のものにしていきました。
本の中には給仕の仕事をしながら、英語の勉強をする様子が生き生きと描かれています。
この記述にはあらゆる外国語習得法のエッセンスがつまっているといってもいいでしょう。
1)大きな声でたくさん音読する
2)ちょっとした翻訳をする
3)毎日1回は授業を受ける
4)興味のあることについて作文を書く
5)先生の指導を受けて訂正をする
7)それを暗記する
8)授業を受けて暗唱する
これを日々繰り返したそうです。
彼は1つの言語について、ほぼ6ヶ月で十分だと言っています。
用事をいいつけられたら、使いに行くときは手に本を持って暗記しました。
司祭の説教は繰り返して呟いてみます。
夜起きている時間は晩に読んだものを頭の中で繰り返しました。
このようにしてフランス語。オランダ語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語というふうに似た系統の語学を次々とマスターしていったのです。
さらにはどうしてもホメーロスの書いた叙事詩『イーリアス』を原語で読むためにギリシャ語、ラテン語にまで手を出したといいます。
この時の熱意がなければ、後のシュリーマンはなかったでしょう。
彼はその後も商売を忘れることはなく、茶や藍、綿などの貿易商として巨万の富を得ます。
普通の人ならば、ここで悠々自適の暮らしを始めるところです。
しかしそこからが彼のすごいところです。
全ての仕事をやめ、いよいよトロイアの遺跡の発掘にかかるのです。
日本がちょうど明治維新にあたる年でした。
彼も既に45歳だったのです。
発掘への旅
ローマからナポリを経て、イタケー島を調査します。
そこから発掘可能な地域を次々と広げていき、ついにトローアス地方のヒサルリクという場所をみつけました。
ここがトロイアの遺跡のある場所でした。
1870年に無許可でこの丘の発掘に着手したのです。
当時は今ほど、法律も整備されていなかったのでしょう。
たくさんの人を雇い、全ての財産を費やして、彼はひたすら発掘を試みます。
もちろん名誉欲もあったに違いありません。
しかしそれだけでは説明できない熱いものを感じます。
人によってはこのあたりの行動を見て、山師と呼ぶ人もいます。
1873年、いわゆる「プリアモスの財宝」を発見しました。
黄金製品の中には数種の容器や豪華な宝冠や耳飾,胸飾,ピンなどの装身具がありました。
その数は8千点にのぼると言われています。
貴石製の斧,多くの青銅製品など数百点も発掘されたのです。
シュリーマンはついに伝説のトロイアを発見したと大々的に発表しました。
喜びの絶頂だったのでしょうね。
この発見により、古代ギリシアの先史時代の研究は大いに進むこととなりました。
しかしこの財宝を無断で持ち出したため、今も所有権の決着はついていません。
考古学そのものの扱いが現在とは全く違います。
法律もはっきりとはしていませんでした。
シュリーマンはオスマン帝国政府との協定を半ば無視したのも事実です。
このあたりが今も非難の対象になっている部分なのです。
文庫本で読める
しかしそうしたことを全て差し引いても、この本には魅力がたくさんあります。
誰でも文庫本ですぐに読めてしまいますが、その内側にある情熱はそう簡単に読み解けるものではありません。
とにかく面白いのです。
8歳の頃読んだトロイヤ戦争の物語の挿絵を見て発掘を夢見たのが発端だというのは、あまりにも常套句にすぎます。
きっと後から付け足したに相違ありません。
父親の仕事がうまくいかないこともあって満足な進学もできませんでした。
20歳の時には無一文になってしまいます。
船員になったりして、いろいろな苦労をしました。
船が難破する事故にもあっています。
お金をためるために必死だったのでしょう。
貿易の仕事に就くためにも語学は必須だったのです。
40歳で財をなすまでにどれほどの苦労をしたことか。
そこであっさり引退し、発掘調査の旅を実行するのです。
学問の世界の人たちは門外漢には冷たいものです。
象牙の塔と呼ばれる狭い世界の中で自足している人が多いのです。
そこへ外から突然切り込みをかけたのが、シュリーマンでした。
実に目障りだったのがよく理解できるはずです。
夢を現実にすることがいかに難しいか。
長く生きていれば、よくわかると思います。
本の中に自画自賛の部分が多いのも事実です。
しかしそれを差し引いても十分に読む価値はあります。
薄い本です。
是非手にとってみてください。
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。