「能・草紙洗小町」歌合で無実の罪をきせられた小野小町を救ったのは誰か

ノート

能の授業

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は能の話を書きます。

長い教師生活の中で能を扱うことはほとんどありませんでした。

もちろん、世阿弥の『風姿花伝』を読んだことはあります。

しかしほんの一部に過ぎません。

伝統芸能鑑賞会などで、狂言を扱ったときに、少し予備知識として学ぶというレベルだったでしょうか。

唯一、授業で扱ったのは、ぼくが最後に勤務した高校でした。

ここでは年間を通して、観世流のシテ方の先生を講師にお招きしていました。

国際理解のための選択科目です。

生徒は能の基本を1年間かけて学べます。

もちろん、謡いの稽古もします。

最後は青山にある能楽堂で舞いを披露するという、画期的な授業でした。

時間のある時は、学校のホールでプロの能楽師の方たちが実際に能を披露してくれました。

鼓のひもの組み方や縛り方、炭で皮をあたためるところまで実演してくれたのです。

関心のある生徒にとっては、実に豊かな時間だったと思います。

能楽堂はそれほど広いわけではありません。

しかし不思議な空間です。

静謐といったらいいのでしょうか。

心がおのずと静まるのを感じます。

笛が鳴った途端に訪れる、穏やかな時間と言えるのではないでしょうか。

機会があったら、一度必ず覗いてみてください。

退屈のあまり、寝てしまってもいいのです。

きっと非日常的な感覚に満たされ、こころが鎮まるに違いありません。

大伴黒主の策謀

今回は数ある作品の中で、小野小町を扱った能を紹介します。

小野小町といえば、美人の代表ですね。

しかし能に出てくる彼女は年老いて力なく生きているだけの女性です。

人間は必ずこうなるのだという、戒めにも似た存在なのです。

そうした作品ばかりの中で、「草紙洗小町」(そうしあらいこまち)は異色です。

ストーリーはそれほどに複雑ではありません。

大伴黒主(ワキ)は、歌合で小野小町(シテ)を相手にすることとなりました。

しかし黒主は彼女に勝つ自信がなかったのです。

そこでかなりきわどい奥の手を考えました。

歌合の前日のことです。

小町の邸に忍び込み、彼女の詠んだ歌を盗み聞きして、あらかじめ書き留めてしまったのです。

歌合の当日、判者である紀貫之を初め歌人たちが並ぶ中で、小町の歌が詠み上げられます。

ところがその時、黒主は『万葉集』の中に同じ歌があるのではないか、読んだことがあるぞと主張したのです。

証拠として差し出した『万葉集』には、確かにその歌が書き込まれていました。

もちろん、これは大伴黒主の策略です。

前日小町の歌を盗み聞いた黒主が、予め書き足しておいたのです。

ひどいことをしたものですね。

窮地に立たされた小町ですが、黒主の策略だと見抜きます。

ここからがおもしろい場面です。

おそらく、能の中でこれ似たシーンはないのではないでしょうか。

草紙を洗う

実際の能をみてみればよくわかります。

彼女は天皇の許しを得てその草紙を洗うのです。

扇をもって水を掬うまねをし、それを次々と草紙にかけます。

するとどうでしょう。

黒主の書き足した部分だけが消えてなくなってしまいました。

彼の悪事が露見したのです。

さすがに立場を失った黒主は自害しようとします。

しかし小町は罪を許し、祝言の舞を舞います。

ここからは衣装をかえるという趣向もあり、大きな見せ場になります。

「中の舞」と呼ばれる独特な旋律がしばらくの間続くのです。

この曲はこうした舞いの場面でよく使われるぼくの好きな曲のひとつです。

陶然とした気分になるといえば、理解してもらえるかもしれません。

夢うつつの境地をさまようことができるのです。

もちろん、このような歌合があったなどということはあくまでもフィクションに過ぎません。

有名な歌人ではあっても、それほど身分の高い貴族ではない人々が、一堂に会して、天皇の前で歌を披露しあい、優劣をつけるなどということは考えられません。

しかしそんなことがあったら、どういうことが起こりうるかと考えるのも、楽しいですね。
その時の歌がこれです。

蒔かなくに 何を種とて 浮草の 波のうねうね 生ひ茂るらん

誰も種を蒔かないのに浮草はどうしてこのように波の畝に生い茂るのだろう、という意味です。

小野小町は大伴黒主もともに六歌仙に数えられる歌人です。

また評者である紀貫之や、凡河内躬恒、壬生忠岑といった人々の名前もよく知られています。

王朝絵巻

登場人物も多く、大変に豪華絢爛としています。

そのうえ、ユーモラスな味わいをもった能と言えるのではないでしょうか。

特に草紙洗いの場面は詞章が美しいのです。

小町 濁れる世を澄ましけり。

地謡 旧苔の鬚を洗ひしは。

小町 川原に解くる薄氷。

地謡 春の歌を洗ひては。霞の袖を解かうよ。

小町 冬の歌を洗へば。

地謡 袂も寒き水鳥の。上毛の霜に洗はん。恋の歌の文字なれば。忍草の墨消え。

小町 涙は袖に降りくれて。忍草も乱るる。忘れ草も乱るる。

地謡 釈教の歌の数々は。

小町 蓮の糸ぞ乱るる。

地謡 神祇の歌は榊葉の。

小町 庭火に袖ぞかわける。

地謡 時雨に濡れて洗ひしは。

小町 紅葉の錦なりけり。

地謡 花の都の春ものどかに。和歌の道こそめでたけれ。

地謡というのはギリシャ悲劇でコロスと呼ばれる合唱隊の役割と似ています。

いわばバックコーラスのようなものだと考えてください。

通常8人で詞章に独特の節をつけて朗誦します。

ここでは草紙に水をかけながら、歌の持つ不思議な力を示すことになります。

機会があったら、ぜひ能楽堂に足を運び、ご自身の目でご覧になってください。

独特の空間が持つ不思議な音の響きに、心が穏やかになるに違いありません。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。



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