小論文の問題
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は数年前に国立大学の法学部で出題された小論文の問題を考えてみます。
最初に問題文を掲載します。
いろいろと考えさせるいい問題だと言えます。
課題文は以下の通りです。
—————————–
T高校では、毎年の文化祭で、各クラス対抗の「演劇コンテスト」が行われており、各生徒がこのコンテストに向けて真剣に演劇に取り組んでいた。
生徒の中にはこれに参加したいがために同校を志望した者もいたほどであり、3年E組もまた、コンテストで賞を取るために2カ月以上前から、クラス全員で放課後夜遅くまで準備を行っていた。
この試みは地域での評判も良く、例年、地域の住民も芝居を観るためにつめかけるほど人気のイベントであった。

ところが、文化祭の1週間前、3年E組の生徒であるA、B、Cの3名が、演劇練習からの帰宅途中に立ち寄ったスーパーマーケットで、コンテストのための小道具(1500円相当)を万引きしたとして警察に捕まった。
初犯であり反省している等の事情から、彼らはすぐに帰宅を許され、T高校はその翌日、E組の出場を認めないとの処分を下した。
これに対して、A、B、Cの3名を除くE組の生徒全員が反発し、この処分を取り消すよう校長に詰め寄った。
以上の事実をもとに、高校側の処分の根拠と生徒側の主張の根拠をそれぞれ整理しなさい。
そのうえで、あなたはどちらの立場を支持しますか。
相手方への反論も含め1000字以内で論じなさい。
解答への糸口
考えれば考えるほど、事情は複雑でどちらの考え方にもそれなりの正当性があります。
学校の持つ倫理的な側面を強調しすぎれば、生徒の熱意が意味をもたなくなります。
だからといって、犯罪行為をそのまま見逃すこともできません。
どのような判断が最もふさわしいのかを決定するのはなかなか難しいのです。
なぜこの問題を取り上げたのかといえば、ぼく自身、生徒部での経験があるからです。
高校には校務分掌というシステムがあります。
担任の業務は誰もがご存知のはずです。
しかし教師の仕事は、その他に教育活動全般を管轄する「教務部」や生徒指導のための「生徒部」などに分かれているのです。
生徒部は課外活動や行事全般の指導の他、ルール違反をした生徒を監督する仕事もします。
特に生活指導は実にさまざまな場面で生徒と関わる重要な仕事といってもいいかもしれません。
体育祭、文化祭などの行事を補佐するのも大切な業務です。
その他、校内での暴力、盗難から校外での事件に至るまで、全て生徒指導部の管轄になります。
何か事件が起こると、関係者をすべて別室に呼び、事実関係を調査します。
原因や、理由などが判明した段階で、特別指導が必要な場合は臨時職員会議を招集し、その後の指導に入ります。

最悪の場合は一定期間の停学を言い渡します。
自宅学習を指示した場合は、その後の解除まで、日常生活をチェックしなくてはなりません。
言葉は悪いですが、学校の治安維持に日々、携わっているともいえます。
今回の問題は文化祭準備中の事件です。
高校の文化度を知るには、文化祭を覗くのが一番です。
生徒が元気で明るい学校には独自の雰囲気があります。
勢いのある学校では全学年、あるいは3年生だけが全て演劇を実施しているところもあります。
入場門のあたりにたくさんの幟があったりして、学校の熱気を感じます。
文化祭の代表的な出し物として、以前は映画製作が多くありました。
しかし現場にいると、映画の場合、制作中は大変に忙しいものの、文化祭当日は上映するだけになってしまうのです。
他にこれといった用事がありません。
そこへ行くと、演劇は、当日までいくらでも仕事があります。
クラス全員がフル動員しないと完成しないのです。
たくさんの来場者
毎日、何千人という来場者がある高校もかなりあります。
1日に2回、2日間上演するなどということになると、想像を絶する忙しさです。
それだけやる気も出るというものです。
オリジナルの脚本にする場合、夏休みまでには全て出来上がっていなければなりません。
演出担当と密接に連絡をとりあって、骨格を完成しなければならないのです。
そこから衣装、照明、音楽、大道具、小道具へと仕事が派生していきます。

効果音の作成などを含めて、とんでもない労苦が待っています。
さらにキャストになる人は、科白を覚え、演技プランを練る必要があります。
想像してみてください。
受験などを控えた3年生にとって、これが大イベントになるのは、容易に理解できるはずです。
そこへ突然起こった事件はまさかの万引きです。
クラスの出場が拒否されるというのは、あまりに過酷な処置かもしれません。
学校側の根拠
解答は1000字で書きなさいとあります。
通常、高校受験の制限時数は600字程度です。
1000字となると、よほどきちんとした構成で立論しない限り、うまく書き切れないのです。
それだけにそれぞれの考え方の根拠をきちんとさせる必要があります。
考えてみましょう。
高校側の処分の根拠は次の通りです。
最も強調すべきことは、万引き行為の重大性です。
生徒3名が万引きした金額はそれほどのものではないともいえます。
しかし犯罪行為を行ったこと自体は事実であり、学校としては生徒の規範意識のなさを重視したといえます。

学校は社会の鏡でもあります。
生徒全体の規律を維持する責任があるのです。
そこからクラス全体への連帯責任を課すことで、再発防止や規範意識の向上を図ろうとした可能性が考えられます。
ただし万引きのような行為が発生する場面を想像し、あらかじめ厳重に注意しておく必要があることは認識しておかなければいけません。
もし学校側がそれをしていなかったとしたら、やはりコンプライアンスに対する注意がおろそかだったと言わざるを得ません。
文化祭での演劇は人気のイベントです。
多数の来場者が訪れる重要な行事でもあります。
そのため、学校全体の対外的な信用を損なう恐れがあると考えれば、ある程度厳しい処分も必要かもしれません。
生徒側の根拠
生徒が処分に反発し、取り消しを求めた根拠は以下の通りだと考えられます。
万引きを行ったのは3名だけであり、それ以外のクラスの生徒には一切の責任がないのです。
それなのに連帯責任を負わされるのは不公平ではないかというのが基本的な視点です。

2か月以上も前から、クラス全員で放課後夜遅くまで準備を行いました。
演劇に取り組む姿勢は真剣そのものだったのです。
以前から3年生になったらグランプリをとりたいと熱望していた生徒にとって、その機会を奪われるのはあまりにも理不尽であるという不満です。
あなたの結論は
ここから最終的には解答を書く者としての論点をまとめなくてはなりません。
確かに2カ月にわたり、夏休みもつぶして練習した事実を学校はどうみるのかという問いには、軽々には答えられません。
自分がその立場だったらどうなるのかと考えると、やはり学校を糾弾したくなります。
しかし感情だけで小論文を書くのは危険です。
採点者はあくまでも立論の根拠と正当性をみているからです。
ポイントは犯罪行為は個人の責任の関係に集約するのが最善ではないでしょうか。
教育現場は論理だけでは運営できません。
今回の万引き行為に無関係な生徒の立場にたてば、そのことはよくわかります。
最悪の場合、学校への不信感ばかりが育ち、多くの生徒が今後の学校生活への意欲をなくしてしまうという可能性もあります。

学校が目指すべきなのは、生徒が自ら考え、行動し、成長する力を養うことです。
真の反省を促すには、3人の生徒への処分にとどめるのが妥当でしょう。
反省文の提出、謹慎などを行い、今後クラス内での人間関係にひび割れが生じないように注意する必要があります。
以上の方向で学校の行事そのものへの参加は認めるという方向で考えるのが、最も自然な流れではないでしょうか。
理由はここに示した通りです。
学校の管理者の立場が十分に反映していないという意見がでるかもしれません。
全体か個人かという観点をさらに付け足して、もう少し書き足してもいいでしょう。
じっくりとよく考えてみてください。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。