9割本はもう過去の話
みなさん、 こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回はつい先日、近所の図書館を訪れた時のこと書きます。
驚きましたね。
建物の中へ入った途端、ずらっと並べられた本のコーナーが目に入ってきたのです。
大きなタイトルが目の前にありました。
ズバリ「9割本」です。
これにはさすがに度肝を抜かれました。
こんなにあるのかというのが最初の感想です。
2005年に『人は見た目が9割』という本が出版された時はなるほどと感心した記憶があります。
直後に本屋さんで立ち読みをしました。
就職活動などでも、最初の印象は大切ですからね。
椅子に座って数分のうちに合否が決まるなどといわれると、落ち着かない気分になります。
しかしこれはひょっとすると本当かも、と思わせるだけの内容に満ちていたのです。
著者の竹内一郎氏はマンガの原作者で、劇作家、演出家としても活躍している人です。
芝居というのは、いかに本当でないものを本当らしくみせるのかという技術に満ちています。
マンガのコマ割りも視線の移動の仕方などは、人間の心理に根差したものです。
しぐさや話し方、視線の動かし方、色合い、匂い、温度感、距離感などなど。
台詞の言葉はもちろん大切ですが、それ以上に「非言語コミュニケーション」の要素がいかに重要かということを知り尽くしていなければできません。
例えば初対面の人に出会ったとき、わたしたちは相手のどこを見るのか。

喋りはうまいのに信用できない人と、無口でも説得力にあふれた人の差はどこにあるのか。
女性の嘘を見破りにくい理由とは何か。
主要な論点は顔つき、仕草、目つき、匂いなどでした。
心理学、社会学にとっても恰好のテーマであることに間違いはありません。
「見た目」とは何かといえば、言葉以外の情報すべてのことです。
著者の言葉を借りれば、「美人でも感じの悪い人」と「不美人でも感じのいい人」の差はどこにあるのかということなのです。
第一印象は大きいですからね。
その事実を多くの人は知りながら、ここまではっきりと描写されると、もう何も言えないというのが本当のところでした。
タイトルがそのポイントをズバリと突いていたのです。
キーワードはもちろん「9割」です。
これ以降、ビジネス書を中心として、この種の本が書店に溢れかえりました。
話し方が9割
その後にヒットしたのが『人は話し方が9割』『人は聞き方が9割』です。
「話す」と「聞く」という2つの要素はどちらも人間にとって最も大切なことなのは言うまでもありません。
「人は話し方が9割」といわれると、なるほどその通りだと思わずにはいられません。
この本は「どう話すか」をメインにしているようにとられがちですが、実はそうではないのです。
ポイントは「相手をいかに主役にできるか」がカギだというのです。
本当にすぐれたセールスマンは、相手を楽しく幸せな気分にさせられる人だとよくいわれます。
「聞く力」が圧倒的に強い人なのです。
なんとなく話をしているうちに、自然にこの人から買おうという気持ちになるかどうか。
これがセールスの基本です。
つまり「話す力」は「聞く力」といつも表裏一体です。

その意味で、この「9割本」はみごとに成功しました。
なかに示されていることの1つに「拡張話法」があります。
「感嘆→反復→共感→称賛→質問」をうまく利用することによって、会話が思いのほか弾んでいくというスキルです。
相手を自分の土俵に乗せると考えると、わざとらしさも出てしまいます。
それをごく自然な流れで進むようにしていくテクニックが、最も大切なのです。
それと同時に嫌われない話し方も大切ですね。
日本人は正論を正面からぶつけられると、どうしても相手に苦手意識を持ちます。
「苦手な相手とは無理に絡まない」「相手の立場を脅かす言い方は避ける」などという付き合い方は、最も大切なスキルの1つなのです。
相手に親しみを持ってもらうためには、「失敗談」をうまく使うという手もあります。
人間の横顔が浮かび上がりますからね。
普通なら、どうしても隠してしまいたいところを、むしろ自分の方からオープンにしていくことで親近感を呼び起こすのです。
9割本の威力
出版業界は1つがあたると、類似の企画が次々と続きます。
2匹目のどじょうというヤツです。
2013年には「伝え方が9割」もヒットしました。
2019年に出版された「人は話し方が9割」も50万部。
似たようなタイトルの本が他にもたくさんありますね。
「○○の壁」とか「○○の品格」とか。
しかし9割本は勢いが違います。
とんでもない数の出版のされ方なのです。
圧倒的にビジネス本が多いのですが、それだけではありません。
テーマは多岐にわたっています。
学業、スポーツ、投資、恋愛、人間関係、健康など、なんでもありです。
人間は「9割」という数字に弱いのかもしれません。

「10割」と言われると、そこまで言い切ってしまうことには、正直、少しためらいも残ります。
ちなみにどんなのがあるのか、少し調べてみました。
「人は○○が9割」の中の「○○」にあたるところに次の表現を入れてみるとイメージがわきます。
話し方、聞き方、見た目、違和感、考え方、恋愛スキル、伝え方、潜在意識、自己紹介、才能、ほめ方、伝え方、姿勢、習慣化、メンタルブロック、ブランディング、気配り、などなど。
よく考えたものです。
全く感心しますね。
編集者と著者があれやこれやと悩んでタイトルを考えただろうということが、実によくわかります。
人生は気分が10割
『人生は気分が10割。最高の一日が一生続く106の習慣』という本が出版されたのは2024年3月です。
もう9割本では売れなくなったのかもしれません。
「10割」というタイトルが効いたのか、たちまち13万部を突破するベストセラーになりました。
著者のキム・ダスル氏は「人生で何よりも大切なのは気分」だと述べています。
仕事も人間関係も、結局、上機嫌なら上手くいくというワケです。
自分自身の「気分」をどうコントロールするかというのは難しい課題です。
毎日を気分良く過ごしたい。

他人に振り回されるのをやめたい。
自己肯定感を高めたい。
誰でも同じことを考えています。
しかしなかなかうまくいきません。
そんなときはどうすればいいのか。
距離がうまくとれない人とはとくに神経を使うものです。
「気分」というのは数量では測れませんしね。
あくまでも個人的な感覚です。
それだけにこうした「10割本」が飛び出てくる余地があるのでしょう。
書店でこの種の本を覗いてみてください。
驚くような数の本に「9割」「10割」の文字が入っています。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。