IPS細胞と生命倫理
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回はIPS細胞の持つ課題について考えてみましょう。
この医療技術について、あなたはどの程度の知識をもっていますか。
小論文の問題によく出題されますので、チェックしておきましょう。
そもそもiPS細胞とは何か。
すぐに説明できますか。
簡単にいえば、細胞を培養して人工的に作る幹細胞のことです。
2006年8月に京都大学の山中伸弥教授たちが、世界で初めてiPS細胞の生成に成功しました。
2012年に彼がノーベル医学・生理学賞を受賞したことは有名ですね。
山中教授たちは、皮膚などに分化した細胞にある遺伝子を組み込むことで、あらゆる生体組織に成長する細胞を作りだしたのです。
これは成熟した細胞を、もう1度多くの可能性を持つ状態に初期化することを意味します。
つまり細胞が生成されていく時間を、巻き戻すことができるのです。
当然、この細胞は他の細胞の再生医療に役立ちます。
機能不全になった細胞を、最初から作り上げていくことが可能になったのです。
しかしこのiPS細胞ができたからといって、万能なワケではありません。
同時により複雑な問題が発生してしまったのです。
それがよく小論文に登場する「生命倫理」の問題です。
ここでは科学哲学の研究者、野家啓一(のえけいいち)氏の文章から、その課題を探ります。
この文章を読んで、あなたが最も重要だと思ったテーマをまとめてみてください。
キーワードを拾い上げて、そこから絞り込むのです。
800~1200字程度の小論文が設定可能でしょう。
本文
iPS細胞の出現によって、再生医療に関わる生命倫理の問題がすべてクリアされたわけではない。
むしろ、これまで想像すらできなかったSF的状況のもとでの新たな倫理問題が生じたと考えるべきであろう。
その一つは、山中氏が記者会見で述べているように、「生殖細胞」に関する問題である。
iPS細胞化した体細胞から精子と卵子が作り出されるのであれば、よく言われるように、同性のカップルでも子供をもつことが可能になる。
さらには、細胞提供者が自分の知らないところで子供が作られている可能性や、「死んだ人からでさえ皮膚細胞を保存することで子供が産めるという可能性」さえ指摘されている。
もう一つは、iPS細胞を用いてできるキメラ動物、すなわち異なる種の動物をかけあわせてできる新種の動物をめぐる問題である。
すでに日本では、マウスとラットをかけあわせたキメラマウスが作り出されている。
それによって「ヒトの臓器移植用に肝臓や心臓などを、ブタなど動物の体内で育て、移植手術に使える道が開ける」というのである。
それが実現すれば、われわれは老化した臓器を必要に応じて交換し、一種の「不老不死」を手に入れることになるかもしれない。
人間個体の「死」という概念すらゆらぎかねない時代をわれわれは迎えようとしているのである。
むろん、そうしたSF的状況が現実化するためには、長い年月を要することは言うまでもない。
しかし、山中氏が警告するように「倫理的な議論を少しでも早く社会全体として準備しておかないと、科学技術の方が早く進んでしまう可能性がある」のである。
iPS細胞がパーキンソン病やアルツハイマー症など難病の克服に大きな福音をもたらす画期的な技術であることは言うまでもない。
再生医療や創薬の分野でのその進捗は大いに期待してよい。
だが、他方でそれは、これまで誰も考えたことのなかったような「倫理的真空地帯」を生み出しつつある。
いわばそれは、生命科学が未踏の「神の領域」に踏み込んだことの代償である。
しかも、その空白は「生老病死」をめぐる価値観や倫理観に深く関わっている。
それゆえ、倫理的空白を埋める作業は、生命科学者だけの手に委ねることはできず、十分な議論を経たうえでの「社会的合意」が必要となる。
生命の尊厳
「生命の尊厳」や「人間の尊厳」といった概念は、科学的分析になじむものではありません。
科学の領域をはるかに超えています
iPS細胞をめぐる倫理問題は、「トランス・サイエンス」的問題だとも言えます。
この表現を耳にしたことがありますか。
「トランス」というのは直訳すると「超える」「横切る」という意味です。
トランス・サイエンスとは、「科学に問いかけることはできるが、科学によって答えることのできない諸問題」のことをいいます。
科学技術と政治や文化が密接にからみ合い、これか正解だという明確な形が見えてこなくなることを意味します。
事実と価値が交錯し、切り分けが明確にできなくなっているのです。
ここまでくると、科学者だけでは容易に解決がつきません。
市民参加による合意が必要になります。
誰もが考えなくてはならない倫理の問題を含むからです。
昨今のようにITがこれにからむと、人間の理解を超えた反応を示す可能性もあります。
倫理にてらしてみれば、どうやってもゴーサインが出ない事象を、AIは「進め」と判断する可能性すらあります。
その時に、市井の人々が「あたりまえの感覚」で、ことの重大性を議論しなくてはなりません。
文中にあるキーワードをいくつかあげてみましょう。
それが文章の骨子に深く関わってきます。
最初に示されているのが、「生殖細胞」の問題です。
生殖はかつて神の領域そのものでした。
しかし今では卵子と精子の関係が、人類の可視下にあります。
iPS細胞化した体細胞から精子と卵子を作り出すことが可能だとするならば、同性婚も凍結卵の領域をはるかに超えてしまいます。
死んだ人からも細胞を取り出すのは、すでにSFの世界の話ではありません。
トランス・サイエンス
当然、その後に来るのは「キメラ動物」の存在です。
異なる種の動物が人工的に掛け合わされる結果、生まれる動物です。
ここまでくると、すでに科学のレベルをはるかに超えてしまっていることがよくわかります。
人類は神になれるのかという深刻な問題になるのです。
正確にいうと、「なれるのか」ではなく、「なることが許される」のかという問題です。
その状態をトランス・サイエンスと呼ぶのです。
生命科学がまさに未踏領域に入ったことをどう考えるのかというのが、ここからのテーマになります。
あなたの意見はどのようなものですか。
今日、地球上にはさまざまな課題が山積しています。
戦火がやむことはありません。
ロシアとウクライナ、パレスチナとイスラエル。
この2つの戦いをみているだけで、胸がふさがります。
人間はなんと愚かなのかと悲しくなるばかりです。
さらに、科学がこれ以上踏み込んではいけない領域に達しつつある今、どこに歯止めを置けばいいのか。
核開発がとめられないのと同様に、iPS細胞の研究もとまりません。
その結果として、「生殖」という人間の叡智を超えた領域にも、その手が伸びているのです。
小論文のテーマとして、この内容をどう展開したらいいのか。
考えて下さい。
自分の言葉で纏めきることを勧めます。
どこまで内容を整理できるか。
走り出したらとまれなくなるのが、科学です。
その根本的な性格をしっかり見据えながら、論点を整理してください。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。