児童書で有名な岩崎書店前社長の言葉が強く響いた「85歳の夢と希望は」

ノート

本は喜びを与えるもの

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は出版社の話を書きます。

といっても大きな会社の話ではありません。

社員が数十人という規模の中堅出版社です。

しかし大変ユニークな出版社なのです。

あなたは岩崎書店の存在をご存知でしょうか。

サイトで、「90年のあゆみ」という沿革をみるとその歴史がよくわかります。

創業は1934年です。

最初の刊行物は、1936年出版の『資本主義貨幣制度論』でした。

元々は左翼系の難しい本ばかりを出版していましたが、やがて創業者が亡くなり、その夫人があとを引き継ぎます。

そのころから誰でもが読める子供の本にシフトしていきました。

『モチモチの木』という本のタイトルを聞いたことはありませんか。

あるいは『花さき山』という本もよく知られています。

小学校の教科書にも採択されています。

斎藤隆介の文章と滝平二郎の切り絵をみれば、すぐにああ、あの本と呟くに違いありません。

『モチモチの木』は幼い豆太とやさしいじさまの心温まる物語です。

本当のやさしさや思いやりとは何かという意味がやさしく伝えられます。

家の横に立つ「モチモチの木」は秋になると実をつけ、実を粉にしておもちにするとほっぺたが落ちるほどおいしい木です。

切り絵が美しい名作絵本です。

『花さき山』もよく知られていますね。

他者のために陰徳を積むたびに、どこかの山に花が咲いていくという話です。

誰もが自分のために生きていきたいとする時代の中で、一歩ひいて、じっと我慢をする態度がどれほど貴重なものかを教えてくれます。

心あたたまる話

できそうでできないことだけに、その深い意味が身に染みるのです。

また「ラブ・ユー・フォーエバー」などの翻訳を読んだこともあるのではないでしょうか。

親の愛がどれほど無償なものかということを、しみじみと感じさせてくれます。

なぜ、この会社のことが気になったのかというと、あるYoutubeの動画がきっかけなのです。

それも書店とは全く関係のない年金のインタビュー話が元でした。

85歳になるという高齢の男性の話があまりにも面白いので、どんな人なのかと興味を持ったのが最初です。

動画を見ていて、ここまで内容に惹きつけられることは滅多にあるものではありません。

話の中に、その登場人物が出版社の社長をやっていたというコメントがありました。

さらに30億円の負債をなんとか返し終わったとかいう武勇伝も聞き、どのような人なのか、非常に気になりました。

いろいろと検索しているうちに、彼が岩崎書店の前社長、岩崎弘明氏だということが判明したのです。

経歴については、ぜひこのインタビューを聞いてみてください。

ページの最後にリンクを貼っておきます。

彼は日産自動車に入社した後、アメリカへ赴任しました。

子どもの頃から海外で活躍したいという夢があったそうです。

日産をやめたあと、永住権をとろうとしたものの、なかなか難しかったので、カナダで商売を始めます。

その後ロスアンゼルスに移って会社を立ち上げたそうです。

やがて結婚しそのままアメリで暮らそうとしていた矢先、日本に戻らなければならないことになりました。

父親が創立して岩崎書店が数十億円の負債を抱えて、動きがとれなくなってしまったのです。

帰国の理由

岩崎弘明氏がアメリカで経営していた会社をたたみ、日本に戻って来たのは55歳の時でした。

そこからの話は実にユニークで楽しかったです。

ぜひ、ご覧ください。

動画以外にもネット上にインタビュー記事がいくつかあり、それもあわせて読みました。

そこにもユニークな考えがいろいろあったのです。

特に日本人の読書観について語ったものに興味をひかれました。

一言でいえば、日本では本を読むという行為には勉強の色がついて回るということです。

彼は福沢諭吉の『学問のすすめ』が内容の濃い良書だと勧めています。

しかし同時にこんなことを言っています。

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世界を見渡すとですね、先進国でこれほど本が売れなくなったのは日本だけなんです。

つまり何か日本特有の理由があると考えなければいけない。

福沢はあの中で「実用書を読め」って書いてるんですね。

文学書を読めとはひとつも書いてない。

福沢諭吉自身は大変な教養人だったけれど、今は教養などよりも実学、西洋に追いつくために実際に役に立つ本を読めと述べている。

『学問のすすめ』はキャッチアップが至上命題だった時代の本です。

しかしそれが今に至るまで日本人の「本」に対する見方を決めてしまった。

読書をお勉強にしてしまったんです。

日本人が本を読まないって話をすると、アメリカ人の友人は不思議がります。

「だって読書はホビーでしょ、あんな面白いものやめられない」って、かなりの人が言います。

つまり彼らは読書をまず趣味、楽しみだと思っている。

勉強ではなく。

日本でもそうしたいですね。

「本は喜び」を広めたい。

そうすれば出版不況なんて吹き飛びますよ。

ユニークな経営

岩崎書店の経営がユニークなのは、全国の図書館を味方にしたという点です。

先日、知り合いの司書の方にこの件で話を伺いました。

図書の本の分類は日本十進分類表(NDC)区分表というのにのっとって行われている話はご存知でしょうね。

「00」総記から「90」文学に至る数字の中に全ての本が入る仕組みになっています。

ところで、たいていの出版社には得意な分野があります。

哲学書を専門に出しているところもあれば、科学書、文学書などが中心の会社があります。

岩崎書店は、本が高くて買えない人もいるのだから、個人に買ってもらうより、あらゆる図書館に置いてもらい、そこから文化の発信をしたいと考えたのです。

そのために良質な本をとにかく出版するということにしました。

たまたま、ぼくの手元に『色の大研究』全4巻の本があります。

副題には「色のなまえ事典」とあります。

カラー印刷がシアン、マゼンタ、イエロー、ブラックに分かれていることから説明し、さまざまな色の具体的な名前を示しています。

最近ではネットなどにもかなり似た内容のものがあります。

しかし色彩というのは非常に微妙なものです。

本来の色をパソコンの画面上で見切ることは難しいと言わざるを得ません。

実際、本にするのは大変な労力を伴なうと思います。

印刷する時の色あわせなどにもかなり神経を使ったことと思います。

それだけに価格もやや高めです。

2800円もします。

同じ赤でも臙脂、茜色、紅色は違います。

青でも紺色、紺青、群青は違います。

その差を具体的に良質の紙に印刷して出版するという姿勢には、非常に熱いものを感じます。

出版という地味な仕事だけに、その着実さに心打たれました。

図書館に愛される出版社

図書館の職務というのは、実に静かな仕事です。

しかしさまざまな内容の業務を担っています。

最近では司書のいない学校も多いと聞きます。

岩崎書店は図書館に置いてもらえる出版社になりたいと真剣に考えたのでしょう。

近年、書店の経営は非常に厳しさを増しています。

それと同じく、出版社の経営も大変に難しくなっています。

良心的であろうとすればするほど、児童書なども売れなくなっているのです。

もちろん、少子化の流れは続いています。

アニメやゲームに流れる傾向も増すばかりです。

生協などのルートを活用して、なんとか生き残ろうとしている児童書の出版社もあります。

いずれも少しでも気を緩めたら、赤字に陥るというのが現実なのです。

その中で、良質な本を息長く出版し続けることの意味を考えるいい機会になりました。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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